http://www.hatena.ne.jp/yamaz/: 2008年11月アーカイブ

コミュニケーション・ビジネスについて、サイエンティスト石井 裕さん(マサチューセッツ工科大学メディアラボ教授)の言葉を引用させていただきます。(礼)

あらゆる眠っている記憶、感情、それらを起こすためにあらゆるところから信号を送り込むこと。広告会社が送るメッセージが記憶と共振して、私たちの中に眠っているものがむくむくと起きていく、そして、購買意欲とか幸せにつながっていく。たとえばコミュニケーション・ビジネスとはそういうものだと思います。

なるほどなるほど。最近、コミュニケーションのツボは、「わかること」と「わからない」ことの間にあるな、と考えていたのですが、それってこういうことかと合点がいきました。
そう、わたしたちの脳の中には、いろんな記憶が自分の都合でマッシュアップされた状態で詰まっています。それが、ふとしたキッカケで呼び起こされたとき、頭の回路が起動して、しまいこんでいた「自分が気持ちいいイメージ」を思い出しワクワクしてくる現象が起こるわけです。一種のマイブームのように、そのイメージをしばらく舐めまわす感覚かな。
知っていることと知らないことの間には、すっかり意識の底に隠れてしまった記憶や感情があった、ってことなのですね。ある刺激で、その破片に文脈が与えられて再構成されたとき、脳で火花が散るのでしょう。
前回、わたしがジョージ・クルーニーになってしまったという話しをしましたが、それは、わたしのなかに眠っていたジョージが眠りから覚めて活動しだしたということ。わたしはセルフイメージとして、ジョージ・クルーニーな面を持っていたんですね。勝手ながら。
これが、Your inner ジョージ・クルーニーです。

じつは、前回触れたラブレターとしての広告が成立するのは、こんなケースが成立するときです。「ジョージ・クルーニーのように、渋いけどお茶目なあなたに、この車に乗って欲しいんですお願いっ!」と口説かれちゃったわけです。ただし、現実にわたしの購入行動は起こらないのですが。失礼しました。

Your innerなになにの事例でもう1つ。i-podのビジュアルは、Loganによるものですが、あの色彩と、人物のシルエット、動きは、自分の中のリズム、ビートを深いところから覚醒させる特別な力を感じます。
http://movies.apple.com/movies/us/apple/ipoditunes/2008/ads/apple_ipoditunes_gamma_20080424_r848-9cie.mov
Your inner beat!

こんな、奥深いところの何かが覚醒したような体験をしたとき、ひとは合理的には説明しづらい消費行動を起こすことがあるように思います。その感覚を確保するために。

以前、わたしの同僚たちに「いつもの自分なら買うことはないはずなのに、なぜか買ってしまったもの」を挙げて自己分析してみようというゲームみたいなことをしました。
小型バイク、子どもにはふさわしくないほどの高級机、アンティーク人形、かなりマニアックなアウトドアグッズ、スポーツクラブなどなど。言葉だけ見ると普通に見えるかもしれませんが、当事者のキャラクターと並べると、「なんで君が!?」という理解しがたいギャップがそこにはあります。
自己分析を聞くと、しかしそこには共通項があって、基本的に男性は自分の中の「別の自分」が、あるボタンで覚醒して、その「別の自分」の論理で買うという行動を起こしたということ。その「別の自分」は、他人から「ありえない!」と中傷されても揶揄されても、決して修正されるものではありません。その「消費」によって覚醒した「別の自分」は、当人にとって何よりもいとおしく、かけがいのないものなのでしょう。一方、女性の場合は、身近に自分の理想のモデルがいて、そこに近づきたいという動機が、いつもと違う消費のキッカケになっているようで、やっぱり男と女は違うんだなと、みんな納得したものでした。Your innerアプローチも、男女で少しメカニズムが違うようです。

ファネルという考え方がマーケティングにあり、漏斗(じょうご)のように、認知を大きく広げ、検討してもらい購入に流し込んでいくというプロセス管理に使う概念ですが、ここで触れた「Your inner」アプローチは、不思議なことに最初のキッカケから購入までが、いわゆる「衝動買い」のスピードで起こることが多いように思います。そこで、これを「落とし穴マーケティング」(c)と呼んでみます。
落とし穴は、わかっていても落ちたい気持ちを抑えられない不思議な存在です。人は落ちたがっているという本質があるのかも、と思うくらいです。
実際にある商品で「落とし穴」を仕掛けたところ、確かに落ちて買うという現場を数多く目撃しました。ここでこんなもの売っても買う人はいないよ、という予想を裏切って。
落ちた人たちは、その前後である意味「別人格」になっていたのでしょう。

「Your inner ×××」を覚醒させる落とし穴が作れれば、即効性の高い施策となります。むずかしいハードルだと思いますが、これができると、ある意味でクロスメディアアプローチは不要となります。ピンポイントで刺せば、あとは買うだけだから。

クロスメディアは「なし崩し」で、「落とし穴」はピンポイントで。
これが最近のわたしのセオリーです。

※以前紹介したARGは「なし崩し」にあたります。

意中の異性とお付き合いをスタートする!という命題にこれという答え=必勝方程式は・・・ない、ですよね。ある!という猛者もいるかもしれませんが、その話題は別のブログでどうぞ。

さて、広告会社の新入社員にこんな質問を投げかけました。
「君は、異性との交際を始めるとき、‘好きです、付き合ってください!’と宣言してからはじめる?それとも、‘こんど映画見に行こうよって感じでカジュアルなデートを重ねて気が付いたら交際してた/させてた’タイプかな?」

これに対する50人ほどの答えはほぼ半々。
筆者のパーソナルラブヒストリーからすると、やや意外。
どっちの意味でかというと、好きです宣言を半数がしていること。立派だ。

筆者はと言うとですね、相手が興味を持ちそうなことを提示して共有体験を重ね、二人だけの話題やキーワードがたまっていった結果、離れがたい親密な空気ができて「これって付き合ってるってことなのね」という状態に『なし崩し』ていく手法を得意としているわけです。相手にとって、そして二人にとって「未知なるもの」を多分に盛り込むことで共感性は高まるので、行ったことのないところ、やったことのないことを相手の許容量に合わせてエディットしていくセンスが問われますが、一発勝負ではないので修正や撤退も少ないダメージで可能といえます。ふむふむ。

好きです宣言は、脈のない場合に無駄な労力を回避できるとか、OKの場合話しが早い(!)など言い分はあるので、短い人生でどちらのスタイルが優れているかはわかりませんが。

さてさて、前置きが長くなりましたが、これ、「クロスメディア」の理解における新旧スタイルの話しなんです。(強引かもしれませんが)

というのも、広告の仕事はこれまで「ラブレター」に喩えられることが多く、巨匠といわれるクリエーターたちも、消費者を口説くラブレターとして、広告にその表現技術の粋を注ぎ込んですばらしい仕事を残してきました。それがいわば広告の歴史だったりするわけです。優れた作品が多くの日本人の心に訴えかけ、実際にマーケティングも成功したという事例は数多く語り継がれています。

さて一方、今日の情報環境の変化の中で、消費者との接点が多様化し、広告メッセージとの接触チャンスを行動動線の中で多彩に配置していく必要がある、という認識にはみなさん概ね異論はないと思われます。それがクロスメディアというキーワードで流布されている考え方です。
しかし、そこにいままでのように「ラブレター型」の広告を配置していくのかという部分に関しては、少し違和感を覚えます。

なぜかというと、
●テレビという「マス(大衆)を導く天の声」が大きな影響力を持っているときに、憧れの世界へと誘う「広告」は、口説いて欲しい消費者に熱望されていた。それは、ときにシニカルだったり自省的であったり、そのたたずまいは変化してきたが、口説きとして十分機能することはできた。
ところが、
●テレビ以外の接点が格段に増え、例えばデジタルの力で、もっと個人向けに「ラブレター」然としたお誘いメッセージがバンバン届く状態が日常化した今日。(申し訳ないが、粗製乱造な感は否めない)
になってくると、ひとはどう変わるのでしょう。

残念ながら、ラブレターという、「結局口説きたいんでしょ!」というスキームそのものが、鬱陶しく、もはや開く前に捨てるような状態に行き着いてしまうわけです。素敵なラブレターが混じっていたとしても。
自分が好きなことは自分で探せるし選べるの!もう受け身な私じゃないの!ということでしょうか。
そんな自立した消費者の言うことを聞こうと変に下手に回るとむしろ大変です。
じゃあどうしたら話しを聞いてくれるの?と問いかければ問いかけるほど溝は深まるもの。嫌いな言葉ですが「うざい」と感じられたら、かなりまずい関係になります。
そういうコミュニケーションも意外と世の中にありますよね。

そこで、「なし崩し」です。
「なし崩し」は、最初から好きとか、付き合ってとかいう暑苦しいことは言いません。
自分を前面に押し出して評価してもらうというよりは、素敵な話題、場所、体験で魅了していくわけです。下心のカモフラージュでもあるわけですが、むしろホスピタリティとして相手に伝わっていくところがいい結果をもたらします。

クロスメディアという考え方のなかで、ラブレター型?なし崩し型?かという二つの視点の間には、実は大きな隔たりがあると感じています。
それは、冒頭の新入社員の半数ずつの、意外と埋まらない隔たりでもあります。

今回のお話しは「なし崩し」型視点を押し出したものでしたが、ネット依存度の高い人、情報摂取量の多い人はこっち側の傾向が高い気がします。変化のなかで増えてきたあたらしい行動基準の人たちともいえるでしょう。
(というか、ひと言で異性を落とせる無敵のアピアランスに恵まれなかった、というのが真実かもしれません。残念!)

さて、ではラブレター広告は、もう終わったのか?

自分の良さを語るタイプじゃなく、相手の本質を射抜く口説き方って、あるんですかね?
これが稀にわたしを刺してきます。
最近、気が付くとH社の新車の広告に出ているジョージ・クルーニーになっていました。自分が。ん~、コミュニケーションってむずかしい。
次回は、「本当のあなたは、こうだ!」と突きつけるYour inner ××××という考え方についてお話ししてみたいと思います。