ベムのコラム: 2016年5月アーカイブ

 広告業界に35年いるとCMの歴史をそれなりに辿って、その変遷をイメージしたりすることもある。最近とみに感じるのは、どうも「ターゲットに強く刺さるCMはつくりにくくなったのではないか」ということである。逆に誰にでも好感をもたれる最大公約数のCM、つまりネガティブな反応が少ないCMが受け入れられている。
 そのためには用意された設定での展開が視聴者も安心して受け入れられるので、シリーズものの好感度が高い。

 否定されない誰も受け入れるCM・・・、それが主流なのだ。

 しかし、それでターゲットに強く刺さるCM、つまりターゲットが自分事化して、単にCM認知だけでなく、態度変容を促す広告コミュニケーションとなっているのかが問われる。

テレビCMで尖がったコミュニケーションや、特定のターゲットだけが受け入れるものは難しくなった。テレビ番組のコードも厳しいように、CMもそうそうぶっ飛んだことはできない雰囲気だ。
 今、禁煙パイポのCMで、「コレで会社をクビになりました。」が出来るかどうか・・・。

 例のカップヌードルの「バカやろう」のCMも、これをポジティブに受け入れる視聴者・消費者はたくさんいた。ある意味オンライン動画からこのCMを浸透させていたら、まずネット世界でこのCMに対するポジティブな世論を形成してから、テレビオンエアしていたら、まず形成された世論の同調圧力で、特定のタレントの起用に対する批判的な評価はあまり拡散しなかったかもしれない。しかし、テレビではそもそもほとんど高齢層に当たる。

 「CMの認知はある程度獲得できるが、購入意向までには至らない。」これが今のTVCMの課題のひとつであろう。
 ただ、テレビではターゲット以外にも当たってしまう。ターゲットに強く刺さる文脈は、そうでない人には刺さらないか、下手をするとネガティブな評価となる。

 もしシャンプーのCMで、タレントを替えたとする。既存のタレントがCMに出ていたことで好感していた消費者が、「このタレントがCMをするなら私はもう買わない。」と思うかもしれない。CM訴求はある意味「諸刃の剣」になる。
 買っていてくれた人が広告を見たために「買わなくなる。」従来あまり見えていなかった、こうした広告の反作用も織り込む必要がある難しい時代になってしまった。
 許容してくれる範囲はどこまでなんだろう・・・。
 ターゲットが強く反応してくれるであろう文脈やコンセプトが分かっても、はたしてその訴求をだれもが観るテレビCMでしてもいいのだろうか・・・。

 そういう課題が今のテレビCMにある。

 さて、そうなると、デジタル広告にひとつの解決策がある。

 デジタル広告のターゲティング配信は、広告を当てたい人に当てるだけでなく、当てたくない人には当てないターゲティング配信でもある。

 テレビCMとの役割分担、使い分けの考え方に、このターゲットでない人、ないしそのクリエイティブにネガは反応をおこしそうな人には当てないというデジタルの強みを加えることができる。
 だからこそ、デジタルでターゲットに強く刺さるコミュニケーションをして、テレビCMとの相乗効果を生む構造を構築すべきなのである。

さて、先日公開のランドスケープに関して各方面からのご意見もありさっそく改訂させていただきました。引き続きご意見いただければ幸いです。

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テレビのプログラマティックバイイングに関してはDIGIDAYに寄稿しました。

http://digiday.jp/agencies/tv-programatic-buying/

さて、スマホの動画が関しては、PCほどユーザーの受容性に関して、まだ改善の余地がある。そもそも動画広告のインベントリーとなる動画コンテンツ開発が必要だ。またパケット代の課題もまだ日本にはある。フリーWifiの普及ももっと進まないといけない。
そうした課題は解決することにはなると思うが、それまではそうそう一本調子での拡大市場になるとは思わない。いわゆる踊り場がいったん来るだろう。しかし第2弾ロケットが噴射するのは時間の問題で、そこからの加速はすごいことになるだろう。

そこで、テレビのプログラマティックとの時期も問題だ。

ベムは、テレビが、スマホ動画がまだ第2弾ロケットに点火する前に、プログラマティック対応を進めないと、主客は逆転されると思う。

 ベムは以前から終始、「e-メール」という言い方が「メール」になったように、デジタルマーケティングからデジタルという形容詞が取れる前提で取り込まなければならない。」と言っている。また、「デジタルマーケティングとは、マス・リアル・ネットの3領域すべてをデジタルデータで統合し、顧客導線を最適化する試み」と定義している。

 そして、今はもっと踏み込んで、敢えて「デジタルマーケティング」とは、「マーケティングの再定義の機会を与える材料」と考える。

 一見、「デジタルマーケティング」と言われればピンとくるマーケティング施策はある。従来のマスメディアによるコミュニケーション施策やリアルプロモーション施策ではない、ネット環境を舞台にデータとテクノロジーを駆使するマーケティング施策ということだ。そして、テクノロジーとデータ分析という旧来のマーケターの苦手とするスキルの壁に当たって、その専門性をまずは獲得しないといけなくなる。そこまではそのとおりなので仕方ない。

 しかし、本当は、従来のマーケティングとは別にデジタルマーケティングを確立することが求められているのではない。

 「マーケティングがデジタル化」するのである。

 そして、大事なのは、このデジタル化という大きなパラダイムシフトに乗じて、「広告販促」のことをマーケティングと呼んでいた企業が、その企業にとっての「マーケティングの再定義」をし、それを全社員で共有する機会と捉えることなのである。

 さて、ベムはいわゆるマーケティングダッシュボード構築を担うことがあるが、それはやっとPOEのデータをリアルタイムで競合ブランドも含めて同一画面上に表示できるようになったからだ。しかしこれらを提案していくと、事業サイドからは、「実際には売上利益(という目的変数)に貢献するのはこうしたマーケティング施策よりも、価格政策や工場からの出荷タイミングなので、それらも説明変数に加えたいと言われる。これらもデジタルデータとしてダッシュボードに取り込める。営業活動のパフォーマンスも説明変数化できるはずだ。

4Pのプロモーションだけを「マーケティング」と定義する時代ではない。

そして、「マーケティングのデジタル化」がこの「マーケティングの再定義」を促すのである。


 企業の経営企画部門の方々に言いたいのは、「デジタルマーケティング部門」をつくればいいのではないということだ。組織(箱)をつくるのはいいが、肝心なのはそこに入れるスキル(人材)をどう定義し、どう育成するか、そして全社のマーケティング活動の本流にどう統合していくかである。この3つめが重要で、そのためには前述の「デジタル化によるマーケティングの再定義」を経営企画室が主導しないといけない。そして経営トップがそれを十分理解・認識して、全社員に向けてその新しい定義とその意味を共有させないといけないのだ。

 よく行われる「デジタルマーケティング組織化」は、マーケティング活動の「幹」に部分に関われない場合が多い。ブランドマネージャーなどマーケティング施策全体を仕切り、事業責任を負う側からすると、デジタルはよく分からないし、面倒くさい。でも全く取り入れないと経営からも「デジタルはやっているのか?」と言われる。そこで、デジタル専門部門にデジタル施策を企画実施してもらう。しかしそれはマーケティング活動の「幹」ではなく「枝葉」のものに過ぎない場合が多い。デジタルを付け足して化粧する程度だ。

 そもそも、従来のマーケティング活動の本流・本丸のところがデジタル化しなければ意味がない。
 
 ということは、従来のマーケティングの本流・本丸(幹の部分)が、どういうスキルを獲得するかをしっかり定義することだ。

 組織は箱から考えるのではなく、そこに入れるスキルセットから考えて、そのためにはどういう仕事(OJT)でそのスキルが育成されるかで組織の役割とポジションを設定しなければならない。

 ベムはこれを極めて具体的に定義している。具体的に定義できるから、具体的にそうしたスキルセットの育成方法が提案できる

「CMを科学する」 ~その3~ です。

 テレビを観ない若年層が多くなっている。これは家にいてもテレビを観ない、場合によっては「単身世帯にテレビがない」という現象が、そもそも都市部でのテレビ番組のゴールデンタイムの晩の時間帯に帰宅していないということに加わって、さらに若年層の視聴時間低下に拍車をかけている。

 生活時間帯が都市部と地方では、かなり違う。ローカルに行くと帰宅時間も早く、当然テレビ視聴時間も比較的長くなっているはずだ。(遊ぶところも都会に比べて比較的少ないだろうし・・・。)こうしたことは東芝のレグザの視聴ログデータを見れば分かる。全国21万台以上のデータだから、ローカルでは何時にスイッチオフにしているかなど明確だ。

 若年層への到達がテレビだけでは難しくなっていることは、「CMを科学する」でも言及しているとおりだが、それは都市部でより顕著に起きていることだと言っていいだろう。

 
 だとすると、テレビの視聴データ(特に個人視聴データ)が関東・関西・中部など都市部中心でローカルは取りにくい状況であることを考慮にいれないといけない。
 
 従来テレビの視聴データは調査パネルによるものなので、なかなか全国津々浦々まで機械式の測定装置を配置することはコストの問題で難しい。だが、こうしたことがいわゆる全数型データというものの登場で解決されるかもしれない。
 米国では、様々な全数系テレビ視聴データがある。ただし、CATVやディッシュなどの衛生放送などサブスクラーバー型が中心である。
 WPPが買収したレントラックは、こうした全数系データを収集している。今後コムスコアとの連携がどう進むか注目だろう。

 で、本題だが、地方のテレビ視聴データをもっと詳細に出して、アロケーションのためのマーケティングデータとする必要があると思う。そして、実態の価値にあったパーコストを提示することで、テレビのローカルエリアへのアロケーションシフトが考えられる。

 考え方はこうだ。

 エリアごとのターゲット人口と購買力を計算する。
 ターゲット一人あたりの購買期待値に対して、一人あたりいくら広告を投じるかが決まる。
 そして、都市部とローカルのメディア接触率に差があれば、都市部とローカルのアロケーションは変ってくるはずだ。

 商品に対する購買力はカテゴリーやその企業やブランドのエリアごとの販売力で違う。この係数は広告主が用意するとして、ターゲット人口についてはローカルテレビ局側が精査すべきだろう。
 
 それによって、逆算でエリアごとの適正パーコストが弾き出されるはずだ。

 地方局のパーコストは〇〇〇〇円とキリのいい額になっているが、ちゃんと計算すると、そこそこ違ってくるだろう。

こういうマーケティングデータが出揃えば、広告主つまりバイイングサイドから見て、適性な配分を算出すると、もちろん例外もあるだろうが、多くの場合、従来よりローカルへのアロケーションがより多くなるのではないだろうか。(それは今の地方局のパーコストがその広告主にとって適正かどうかに掛かっているが・・・)

また、同じエリアで歴史が長いので、ほかの局よりパーコストが高いって今でもあるようだが、よっぽど番組のクオリティが高くて視聴質に自信があるようなので、ここはちゃんと視聴質を測ってみたらどうだろうか。

 米国では、日本よりはるかに局に個性や特徴がある。だから視聴層も違う。
同じCMが他局よりアテンション値が高いという数値をセールストークに使っている局もあるくらいだ。
 そういうことが実証できれば同一エリアで到達する視聴者数が同じでもパーコストを堂々と上げればいい。

 マーケティングコストのアロケーションは全国一律にすればいいというものではない。デジタルデバイスへのシフトは、テレビが届かない状況が顕著なエリアから始めていくことが適切だろう。

 それにはテレビ視聴データを全国つぶさに見る必要がある。極めて高額な全国ネットを番組を買っている広告主は、30局ネットなら30局すべての視聴データを吟味すべきで、またスポットのエリア配分も地方局のパーコストを精査しつつ適正化すべきだろう。

もうかれこれ3年が経ちますが、2013年にこのブログにデジタルインテリジェンスとして「日本のマーケティングテクノロジーのランドスケープ」を掲載しました。実はこれは今は亡き鈴木望くん(旧レスポンシス)と私の共同作業でした。

http://g-yokai.com/2013/02/post-300.php

今回2016年版としてリバイスすることになりました。
アビームの本間さん、ベストインクラスプロデューサーズ菅さんとの共同作業となりました。

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