ベムのコラム: 2015年7月アーカイブ

 どうやらホントにテレビが危機的な状況だとやっとテレビ業界の人も思い始めたようです・・・。テレビ業界が危機的かどうかは一般の生活者にはどうでもいいことだが、業界人としては免許事業で参入障壁が高く、ある意味で長らく「いい思い」をしてきたから、「いい思い」ができなくなるのは「たいへんだ」と思うわけだよね。広告業界もこの恩恵に与ってきたから、本当は単に守ろうとするのではなく、培ったマーケティング力で危機を打開する手伝いをしないとね。

 そもそも民放の周波数帯域(VHF帯)は、これを使う放送事業者にとっては効率的でとてもいい帯域なんだよ。だからGHQが占領政策の一環として(大本営発表で国民を騙してきたから、今後はそうしたことがないように)民間放送にこのいい帯域を与えていこうとした訳だ。

 でも、テレビ放送業界って、NHKの事業規模を足しても3兆円もない。雇用は数万人かな。周波数の一部を通信業界に割り振るだけでモバイルキャリアのつくる市場や雇用数は桁違いだ。
 
 周波数行政に関しては総務省の役人の方がよっぽど革新的。ローカル放送局などは再編したほうがいいに決まっているが、地方選出の代議士がそうさせない守旧派なんだよね。

 さて、テレビが危機に陥って、本当に困るのは誰か。
それは「広告主」です。

 2兆円弱の広告費をテレビCMに投入することで、マーケターとして広告主はいったいいくら売上利益を伸ばしているだろうか。(誰か計算してみたらどうだろう。テレビ広告で消費はいったいいくら拡大するのか・・・。ちゃんと中長期のブランド力構築への貢献度とそのブランド価値もカウントしてね。)

マスマーケティングを支えてきた「3つのマス」つまり大量生産モデル、巨大流通(量販店)、そしてマスメディア(テレビ)。大衆がいかに分衆化しても、マスマーケティングの効率の良さは変わらないので、分かれちゃったいくつかのクラスターを串にいくつも刺して同じものを買ってもらうのがマーケティングの醍醐味になったとも言える。
 
 ということは、今や唯一のマス広告メディアである「テレビ」の効果や効率が落ちては困るのは広告主以外にない。
 テレビCMの効果が落ちると、なくなるのはテレビ広告市場だけではなくて、テレビ広告で獲得出来ていた広告主の売上(消費)なんだよね。よくネットビジネスがテレビ広告を使うことでネット広告とは比べようもないくらい大量に会員を獲得できたりするのに驚くことがある。テレビ広告に代わる広告メディア、マーケティングメディアがあればいいが、有力なデバイス候補のスマホにはまだテレビ広告を代替する「枠」や広告フォーマットが確立しているとは言えない。
 それにテレビの持つプッシュ力に相当する広告メディアはない。

 しかし、本気で代替策の探索を始める時期に来ているのは間違いないようだ。
 
 最近テレビCMのアクチャル到達をつぶさにみる機会が多いが、ティーンエージャー、20代をターゲットセグメントとした場合、そもそも若年層の人口がホントに少なくなっているのに愕然とする。その上で若年層のTV視聴機会がどんどん少なくなっているので、到達率も落ちていて、到達者の絶対量たるやぞっとするくらい減少している。
 
 その層には、テレビCMの役割を代替する施策が急務である。もちろんデジタル広告が最も有力な候補だが、ただそれはいわゆる「広告」(ペイドメディア)だけでは難しいかもしれない。ブランデッドコンテンツを充実させてネイティブ広告などにものコンテンツ展開できるように、従来の広告フォーマットベースだけでクリエイティブ開発していてはダメということだろう。
 
 

ところで、
 日本以外のほとんどの先進国はテレビ事業がハードとソフトで分離している。

番組制作と放送事業を両方やっているのは日本くらいなので、欧米では番組ごとにいくらかけていくら回収するかのマネージメントがしっかりしている。番宣もどんなクリエイティブをどこに(誰に)打つことで視聴獲得にどれだけ跳ね返るかちゃんと見ている。

 制作を分離しているので、番組という商品を買い付けて視聴数に変換するマーケティングをしている。制作者(プロデューサー)がテレビ局の中で主導権をもってしまう日本とは環境が違う。とはいえ日本のスタイルでもコンテンツ(番組)をマーケティングできない理由にはならないよね。

 テレビ局も、メーカー企業の事業部やブランドマネージャーと同じで、商品つまり番組単位でプロデューサーがいて・・という仕組みだから、おそらく誰もユーザー(視聴者)データでマーケティングしようという思考は今のところまだないんだろうね。
 
 でも、これはメーカーやサービス事業者と同じで、おそらく複数のブランドを展開している企業のマーケティングはブランド横断的なユーザーデータを活用したデータマーケティング組織が絶対に必要になる。


で、
 視聴率を伸ばすには、視聴質を知る必要がある。

 「視聴質」とは、誰が観ているのかという「オーディエンス分析」と、どの程度専念視聴しているかという「アテンション分析」で把握できる。
 広告ビジネスを前提にすると、「マーケティング対象として価値のあるオーディエンスに十分な専念度で視聴されているか」ということだ。
 
 商品を買うユーザープロフィールという設定はマーケティングでは当然あるのだが、テレビ番組には視聴者プロフィールという設定がどれだけ出来ているか疑問だね。この番組のロイヤル視聴者は別のどこ番組のロイヤル視聴者かという括りをつくるだけでもグルーピング出来る。(これDMPの初歩の考え方なんだが・・・)

 そうしたらそのグループをいわゆる意味を持たせたクラスター化するために・・・。 
(調子にのって書いてると終わらくなるので)
      
続く  続かないかも・・・。

前回エントリーに続いて

デジタルインテリジェンスNY榮枝くんから「米国での日経のFT買収に関する見方」

東洋経済
http://toyokeizai.net/articles/-/78135

ロイター
http://jp.reuters.com/article/2015/07/24/ft-m-a-nikkei-breakingviews-idJPKCN0PX2SZ20150724

<引用すると>

調整後営業利益の35倍、そして実質価値のおよそ3倍の金額を支払ったことになる。

他の欧州系メディアの株価は、調整後営業利益の10─15倍で取引され、平均は12倍だ。買い手がそれなりのプレミアムを乗せるのは予想されるとはいえ、FTの場合、調整後営業利益に対する買収額の倍率は、米アマゾン・ドット・コム(AMZN.O)が2013年にワシントン・ポスト紙買収で所有者グラハム一族に支払った金額の2倍前後にもなる。

72万人の購読者の70%を電子版が占める。FTの14年の収入が約5億1800万ドル、営業利益は3700万ドルに上ったことも公表されている。

<引用終わり>)


つまり、1600億円強で買った会社の営業利益44億円だから、35倍(35年分)程の
ディール。

WPPのCEOマーチンソレルが少なくとも3本のビデオ・インタビューを受けている。

「奇妙なディールだ」

「というのは、コストシナジーはなさそうだ(何かを兼用する事はない)。
顧客シナジーもない。」

ソレルCEOがWPPのメディア担当に至急確認した結果、彼の言葉で
「FTはフレキシブルでない」
=広告主のプロモーションに積極的ではない。
という愚痴に似た表現を出している。(もっとフレキシブルにメディア買わせろよ、プロモーションのオファーを受けろよと・・・。)

とはいうものの、
一方で、デジタルでの広告ビジネスがプラットフォーマーに比べるとパブリッシャーにとっては大きな収益源になりづらいのも事実。

日経が活路を見出して、現在も進行中なのが
「サブスクリプション・モデルへの復活」
今、広告界を震撼させている「ネットフリックス型」ビジネスモデルへの復活。


日経新聞のオンラインは月10本、登録者には無料で読ませている。
 (これを、海外では「メーター制Metered model」と言う)

これをFTは月3本だったのだが、これを今年2月に「撤廃」をした。
(そのかわり、トライアル版で、1ヶ月1ポンド=読みたい放題、という入り口を設けた)

このメーター制は、2007年から開始をしていて、紙の読者をまずデジタル併用の読者に仕上げ、いずれデジタル購読読者を柱に立てるまでの読者移行期の施策なのはお馴染み。

日経もこの方向に向かってるので、いずれ「撤廃」の時期は近いのだろう。
ニュースコンテンツやアーカイブコンテンツはアクセスできないようにしても、経営が成り立つ、大丈夫だという事業ノウハウはFTから直接いただける事になる。

確かに、私の肌感で、FTはサブスクライバーじゃないので、肝心な所で
強行に記事を読ませない(購読者になれ)というパターンであり、読みたいコンテンツが1日1度のペースで登場する。
(週1000円程)

そのかいあって、FTはプレミアム読者の数や単価を伸ばしている。売却したピアソンの発表では
プリント+オンライン読者 737,000 (昨年比14%増)
うち、デジタル520,000,

https://www.pearson.com/news/announcements/2015/july/pearson-2015-half-year-results.html

このFTの作戦(メーター制の廃止)は、景気の変動が大きい時(=経済危機がくるとき)に大きく読者を伸ばす傾向がある。

金融危機、なんてのが来れば、「日経記事」「FT記事」は購読されまくる訳で、
一気に有料読者を増やせるチャンス。まさにその目前で
ピアソンから買わされた(買いたかった)のだと思える。
 (ますます、景気の谷が見えてきた気がする)

=====
日経が気が抜けないのは、高い買い物をした今からがさらなる投資の始まりで、
「合理化」とは逆の方向に、FTへの「追加投資」「さらなるデジタルへのアクセル」が
投資として必要になる事だろう。

その意味からは、IT投資、デジタル投資に積極的な
ロイターやブルームバーグが親となってFTを買う事が合理的だったろうが、日経が手を上げて着地したという事は、その「アクセルを踏むよ」という意志を宣言しているに違いない。

初動で投資をケチると、優良なエディターが続々出て行く事になるので。

マーチン・ソレルCEOはインタビューで
「アクセル踏まないなら、『サヨナラ』になる、」と日本語で語っていた。

http://www.reuters.com/video/2015/07/24/i-would-not-have-done-the-ft-nikkei-deal?videoId=365063662


まあ、こういう場合やっかみ半分、大概「高く買いすぎだよ」とか揶揄されるものだ。まさに日系(日経)企業が伝統的な欧米メディアを買ったから余計そうなんだろう。

でも、ベムは日経さんの英断を高く評価するね。

為替が円安だろうが、こうした企業買収によって自らをグローバル企業に変革するチャレンジをすることで、デジタルとグローバルが表裏一体の今の時代を生き残る経営判断だったと思う。さらなるデジタル投資を自らに課した訳で、デジタル化によって購読料や広告以外のビジネスモデルへの進出だって可能性を感じる。
 電通さんやサントリーさんに続いて日経さんもこうした買収によるグローバル戦略に踏み切った。こういうダイナミズムがないことにはグローバル経済では勝ち残れないだろう。

  最新号のMADMANレポート(デジタルインテリジェンスNY栄枝による月刊の米国広告&マーケティング業界のニュース&トレンドキャッチアップレポート)が非常に読み応えがあるので、ちょっと内容を抜粋して見ます。

madman8.JPG

 このレポートMarketing ・Advertising・Digital・Media・Agency・Networkの頭文字と取ってMADMANということなんですが、もちろんマディソンアベニューのMADMENであることは広告業界の人ならお分かりですよね。榮枝くんはあのタイムズスクエアのビルボード(LEDサイン)を手掛けたNYでは有名人。みんなオープンな情報なんですが、米国に20年近くいて広告ビジネスをやってきた知見と英語力で読み取るトレンド情報は身内ながら素晴らしいと思う。

 さて、今月号はアップル・ペイを中心に取り上げているが、その中の一説をベムの解釈で書いてみる。

 今や「アドテクノロジー」や「マーケティングテクノロジー」から「フィン・テック」つまり「ファイナンシャル・テクノロジー」に注目が集まっている。
 リーマンショックでRTBというアドテクが金融業界のテクノロジーでつくられた。もともと金融のテクノロジーはその人材からしてレベルが高く、彼らからするとアドテクなど「赤子の手を捻る」程度の話だったろう。ただハイエンドな金融テクノロジストが手掛けていたのは業界内のスペシャリストが使うもの(当然一般人が損をして、プロが儲けるためのテクノロジーなのだから)だ。

 これがアップルペイのように一般向けに、「使い勝手の良さ=ユーザーエクスペリエンス(UX)」でファイナンスの世界に逆流した。もちろんアドテクノロジーもマーケティングテクノロジーも、従来の金融業界プロ向けテクノロジーほどではないものの、業界向け、(Googleのアドワーズが一番幅広く多くの人が使うだろうが、)それでも一般人が使うもんじゃない。
 ところが「フィン・テック」は完全にコンシューマ向けもあり、幅広い。オンライン型「アプリ銀行」を始めとした新しい金融テクノロジーの世界が出来た。ゼロの数が広告業界とはいくつも違う「ファイナンス業界」が「コンシューマが心地よく使えるUX開発」を目指していっせいに動き出していて、産業インパクトがでかい。
 そもそもの力量では雲泥の差だが、それでもアドテックの世界はグローバルのそれと仕組みそのものは同等の日本のアドテクというものがあるが、マーケティングテクノロジーとなるとずっと引き離されていて、「ファイナンシャルテクノロジー」に至っては、またしてもどれだけ先に行かれたか分からなくなった。

fintech.jpg

https://www.venturescanner.com/sector_maps/financial-technology.pdf


 アップルペイにしても、フェリカやおサイフ携帯で先行していた日本の技術だが、これまたあっという間に席巻されてしまいそうだ。(すくなくとも日本以外のグローバル標準になってしまいそうだ。)
 まあ、未だに電子マネーどころかクレジットカードも使えないタクシーがいっぱい走っている日本だから、決済に関する感覚が違うことが技術以前の問題だろう。

 デジタルインテジェンスの役員会はスカイプでニューヨークと上海と恵比寿を繋いでやるのだが、前回はNYでのアップルペイの話と上海でも電子決済システムが2種類普及していて、会食すると割り勘するそうだが、をまず一人が払っておいて、あとのメンバーがスマホで電子送金して終了だそうだ。全然日本より進んでる。

 アップルペイの何が凄いのか、興味のある人はMAD MANレポートをお読みください

 僕は82年に広告代理店に入ったので、新聞は凸版、雑誌は版下、テレビは16mmのフィルム、ラジオも磁気テープと、物理的な素材を送稿するという50年以上前からやっていたような形式をすべて体験した。
若い人に「昔は『象眼』というのがあってね・・・。」とか昔話をすることもある。(今じゃ「ゾーガン」を知っている人も少なくなっただろうな。)テレビスポットも1日で最も多く放送される本数をその局に入れないといけなかったので、まあたくさんのフィルムをプリントしたものだ。

 DACをつくった96年でも最初のインフォシークの広告原稿はフロッピーディスクに入ってバイク便で着た。w

 とにかく「物理的な広告入稿素材を運ぶ」ということが広告代理店の存在意味でもあった。誰かが素材を媒体社に入れないといけない。それは広告代理店である訳で、物理的な広告素材を送稿する必要がある以上は「人」が絡む。だからこそ「手売り」が前提となるのだ。

 しかし、来年以降テレビもデジタル媒体の素材送稿からオンラインでの電子送稿になると聞いている。

 ブツを運ぶことが必要なくなると何が起こるかというと、まずCMプロダクションの収入モデルがひとつなくなるので、CM制作会社の経営に多少とも影響をキタすのだが、本当の影響は、広告枠のオンライン販売を促すということだ。

 米国ではテレビ枠のプログラマティックバイイングも始まっている。
Googleが以前、ラジオや新聞の枠の取引をオンラインでやろうとして撤退はしているが、結局は広告枠のオンライン販売は進むだろう。
 
 「手売り」から「オンライン取引」というのはあらゆる世界で進んでいて、おそらく最も遅れているのが広告なんだろうと思う。
 
 ローカルテレビ局も銀座界隈の東京支社と数人いる程度の大阪支社で「手売り」するだけじゃなくて、オンラインで日本中から受注できるようにした方がいいんじゃないのかな。
普段は営業しようもない九州のダイレクトマーケターから発注が来るかもしれないし・・・。
実験してみたらどうだろうね。テレビも少額から買える広告メディアとしてロングテールのバイヤーにも開放されると局の収入拡大のチャンスとなり得ると思うが・・・。

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