ベムのコラム: 2009年11月アーカイブ

 94年ホットワイアードで、世界で初めてのインターネット広告(バナー広告)が登場してから、まだ丸2年も経たない96年春に、検索サイトIを日本に導入し、広告をとって事業を開始しようと動き出していたから、初動は確かに早かった。
 周りがインターネットの価値を理解してくれるわけもなく、理解しなくても会社が金を出す理由をつくらなければならなかった。

さて、検索エンジンIは、ロボット検索だということ以外にも、画期的な技術を標榜していた。ひとつはアドサーバー。第三者のメディアにも広告を配信できるから、自社サイト内だけでなくアドネットワークができるという。
 競合するサイトに配信すると言っても話にならないから、ポジションを変えれば事業化できるとすぐ頭に浮かんだ。その後レップを創ってからアドネットワーク形成に動き出したのは、このころから構想があったからだ。
 もうひとつの技術は、今まさに旬の行動ターゲティングであった。当時I社が言うには、「サイコグラフィカルなターゲティングが可能だ。」ということ。
技術の概要は、まずクッキーでユーザーのブラウザにIDを振っておく。各ブラウザID別に、あらかじめ設定しておいた440方向のベクトルをつけていく。興味関心の情報カテゴリーを440用意しておく訳だ。
当時のサーバーでは、ネットユーザーのクッキー情報をすべて抱えておくことはできない。ハードディスクの容量を考えれば、クッキーで得られる情報を都度ベクトルに変換して保存する方法しかなかった。サイトにアクセスした際に、クッキーから情報をとってベクトルに変換し、次の機会の訪問時の新しい情報ベクトルをまた付けるということを繰り返す。このブラウザごとに付けた興味関心向のベクトルをもとに、ユーザーをカテゴリー分けする。

この技術のことを彼らは「セレクトキャスト」と呼んでいた。イスラエルで開発された技術で、何とあのモサドも採用したんだと言う。今となっては本当かどうか全く分からないが、とにかくアメリカの連中は自らの技術を誇大に表現するから、話半分に聞かないといけない。

このターゲティング技術は、それなりに出来上がってはいたが、実際広告メニューとして売ろうとすると、うまくはいかなかった。当時ほとんどのネット広告は期間とPVを保証するスタイルだったが、特定のカテゴリーに関して興味をもっているユーザー群(ブラウザのデータベース)が、近い将来の特定期間にどの程度サイトを訪問してくれるかのフォアキャストができない。現在のリスティングのように出来高払いの契約形態がなく、なかなか成立しなかった。
この件に関わらず、当時I社が標榜していたことは今のG社とほとんど変わらなかった。検索という「コンテンツではなくコンテキストを価値に変える」というのは、I・J君がいつも言っていた話だ。
ただ、いくら技術があってもその技術が最大の効果を発揮する環境がないと意味がない。日本に導入したばかりの検索サイトIの検索結果が競合Yのディレクトリーばかりだったのはその象徴でもあった。

第三回に続く

 クリス・アンダーソンの本「フリー」を監修者であるインフォバーンの小林代表から直接いただいた。実に光栄な話。週末読みます。小林社長有難うございます。

http://www.freemium.jp/

ちなみに、日本放送出版協会が、発売前にオンラインで先着1万名に無料公開。ツイッターのダイレクトメッセージまたは電子メールに閲覧用アドレスを送付してもらえるとのこと。

 お話をしていて、興味深いワードとしてCMO(チーフ・メディア・オフィサー)とCCO(チーフ・コミュニティ・オフィサー)という執行責任者概念を教えていただいた。
 企業が、自社メディアを保有していく発想は、「3つのメディア」のエントリーでも書いた。企業がメディアマーケティング事業を展開するには、これまた3つの要素があると思っている。まずは、企業内にコンテンツがあること。二つ目にプロのコンテンツ開発者を取り込むこと。三つ目にコミュニティを運営するノウハウを取り込むこと。
 この発想にも同意していただいて、かつ上記のメディアオフィサー、コミュニティオフィサーの概念を教えていただいて、いっそう確信を深めた。
 企業内にもネットの住人が見たり読んだりして満足できるコンテンツがある。しかし従来のコンテンツの編集技量だけだと社内報どまり。そこにはプロの編集者やプロのコンテンツプロデューサーの技術が必要だ。またそれだけもうまくいかない。ネットにはユーザーを引き付けておくためのコミュニティづくりのノウハウというか、ネットならではのある種のホスピタリティを醸成するスキルが重要だ。
 ジョンソン&ジョンソンの「BabyCenter.com」にも、P&Gの「BeingGirl.com」にもそうしたコミュニティ形成力と独特のユーザーへのホスピタリティを感じさせる。
 企業が自らメディアマーケティング事業を行なうメリットはたくさんある。ただ今企業内にいる人材だけでは無理だ。メディア側にいる人材に協業してもらったり、ジョインしてもらうことを考えると良い。
 またメディア側にいる人も、スキルの発揮場所として企業のメディアマーケティング事業を検討しても良いだろう。なにしろ下手なメディアよりはるかにメディアパワーがある訳だから・・・。

 日本のインターネット広告業界にそのスタートの年から参画していた者として、その記憶を少し記述しておいた方がいいかもと思い立った。「本にしたら?」といってくれる出版社の人もいたが、私自身の歴史でもあるので、それほど面白いものになるか分からないし、誰かの為になるものでもない。まずはブログに書いてみてから考えることにしよう。

 さて、記憶をたどって95年からのネット広告史と私自身のインタラクティブ広告史を書いてみる。話にでてくる人は当然実際の人物だが、実名を上げるわけにも行かないので、伏せて書くことにする。
 
 そもそも私にインターネットなるものを教えてくれたのは、I・J氏である。93年ごろにたしか富ヶ谷の彼のマンションで、サンマイクロシステム社のワークステーションで、アメリカや英国のネットワークに入って見せてくれた。NASAのネットワークにも入って見せてくれたのをよく覚えている。
 I・J君との付き合いは、彼がジョインした会社の設立メンバーが私の大学時代の親友だったことに始まる。A・K氏は私の大学時代のバンド仲間だ。だから設立時からの彼の会社については実によく知っている。
 I・J君の薦めで、彼が日本法人をやっていたアメリカのプロバイダー会員になった。やっとモザイクができていたかどうかくらいで、インターネットというのはゴーファーとかニュースグループとかでブラウザはメインではなかった。

 ところで、私がインタラクティブな仕組みの広告に目覚めたのは、マス広告華やかしころのバブル期に大手ビールメーカーの飲料の新製品キャンペーンを手がけたことに起因する。首都圏のコンビニをチャネルとして開発されたその飲料のターゲットは、女子中高生。奇抜なプロモーション策が通って実施したのは、商品のパッケージに電話番号を刷り込み、テレフォンサービスを実施、時間を区切って電話をかけてきた側の声を録音しておける仕組みにして、その音声をラジオCMの素材に入れ込んでオンエアしたのだ。
自分の声がラジオの電波に乗る可能性があるので、回線はパンク状態に近くなった。当時の人気番組「三宅祐司のヤングパラダイス」の威力のおかげでもある。
 このアナログインタラクティブなキャンペーンの仕組みは当時一部では話題になった。私はLFから企画賞をもらった。ただ電話の応答措置は留守番電話そのもので、あまりに前時代的なので、キャンペーン後に電話の設備屋さんと自動で音声応答ができる仕組みをつくろうということになった。当時はまだほとんどがダイヤル回線、今でこそボタンを押して自動音声ガイダンスに従って無人サービスができるが、それはプッシュ回線つまりデジタル回線になっているからだ。
 今の若い人たちは丸い穴に指を突っ込んで廻す「ダイヤル電話」を知らないだろうが、このアナログ回線でも自動化できないかに取り組んだことがある。ダイヤルを廻すと番号によって特定の周波数がでる。これをオシロスコープで波形を確認して、波形の内側の面積を積分して出す。この数値は1~0まで固有な数値領域にほぼなるので、電話の相手がダイヤルの何番を廻したかが分かる。それをもとに音声を選択して返そうと考えた。しかしこの構想は、確か1と2の識別精度が97%どまりで、悔しいが断念した。
 その後、プッシュ回線が普及し、電話の自動音声応答装置で、その場で当落の分かるインスタントウィンのプレゼントキャンペーンが可能になる。このシステムはアメリカから入ってきて日本ではタバコのキャンペーンで初めて採用される。ただ非常にコストが高く、同じようなことがもっと安くできるところを探していたところ、出会ったのがHNという会社だった。ダイヤルQ2を扱うのが得意だった彼らに電話によるキャンペーン装置を組み上げてもらうことになる。そのときにHN社の社長I氏に、「実はインターネット広告を事業化する構想がある。是非販売を協力して欲しい。」といわれた。その後このHN社のネット広告を3社くらいに実際に販売することになる。

一方で、I・J君は、95年暮れに検索サイトYの日本進出について、Sさんからもアドバイスを求められていた。95年当時アメリカの検索サイトと言えば、YとIが双璧だった。Iは世界で初めてのロボット検索エンジンを謳っていて、人海戦術のYとの優位性を声高に主張していた。実際に95年の広告収入はIの方が少しだけ多かった。
 私の周辺はにわかにインターネット広告が芽吹く直前のざわめきに包まれた。I・J君が「ロボット検索のIを日本に導入したいので手伝ってくれ」ということになる。96年の春先の話だ。
 
第二回に続く

このエントリーにはかなりの反響があった。
私が言いたいことは、広告業の真ん中にいる人たちには、まだ本当の危機感が足りないということである。経営環境は急速に変わっている。これだけ変化が顕在化した状況でなお、まだ反応できないとしたら、問題は深刻だ。
対応可能な時間はそんなにない。体力があるからゆっくりで良いというものでもない。体力があるということは逆に図体がでかくてなかなか変われないということでもある。

そもそも一般論として広告業の一人当たりの営業利益は他業種より低い。にもかかわらず、相対的な賃金は高い。それは事業を維持するための外的リスクが比較的少なかったからだろう。他の業界は、成長のために(生き残りのために)開発や投資コストがかかる。競争優位を維持獲得するために必死に生き残り策を模索してきたと思う。そのために様々な痛みを伴う改革を実行してきている。おそらく「そんなことは言うだけで実際にはできない」と社内で揶揄する人もたくさんあるなか、実行してきた経営者も社員もいる。
それをメディア業界、広告業界だけできないとしたら、業界が衰退するか、別の文化をもったプレイヤーに侵食されるだろう。

期待と希望を込めてだが、私は広告業にいる人たちを信じている。
ひとりひとりが「自ら変わる」ことの意識をもち実行する時が来ている。

 前回エントリーに「いったん賃金を下げてもしっかり働いてくれる社員をどれだけもっているか」と書いたが、少し説明を加える。「いったん賃金を下げてもしっかり働いてもらう」ためには、「近い将来、下がった分は取り戻しましょう。」と社員と約束する必要がある。
経営が社員にコミットする。そのためにも社員にもコミットしてもらう。双方にとっていいチャンスである。会社のコミットは、経営のスリム化、若返り、リストラで損益分岐点を確実に下げること。そして社員の利益貢献度を実態どおりに数値化して評価する仕組みを社員に提供することだ。
 社員のコミットは、売上利益をしっかり上げること。新たな収益モデルに挑むこと。
その上で、会社が利益が出た場合の社員への再配分モデルを明確に提示すること。

広告会社は顧客との取引関係の中で、新たな事業チャレンジへの機会がある。いつまでも受発注関係だけでなく、顧客が新たな事業にトライする際に、人を送り込み、リベニューシェアや合弁モデルを模索するもあり。もちろんリベニューシェアは損失シェアモデルでもある、リスクは付いてまわる。さりとて、会社も社員も、ビジネスモデルの金属疲労で劣化した会社の付加価値を、新たな分野で創造し直すには、リスクを負うしかない。
 広告会社は、顧客の予算で暮らしてきて、基本リスクを張る行動様式が身についていない。しかし、けっしてビジネス開発の能力がない訳ではない。広告業界は未だ就職では人気業種であり、地頭の良い人材が集まってきている。この連中を、会社に入れてからスポイルさせることなく、チャンレンジのできる人材に育てる(意識づけると言ったほうがいい)ことが経営者の腕の見せ所である。

 広告代理業の価値が低減していくだろうと、先だってのエントリーにも書いた。「広告枠に取り合いになるほど需要があって、そこを抑えているので高く売れるし、マージンも確保できる。」というメディアレップ型ビジネスモデルは、まだまだやっていけるとは思うが、総販売力に比例して枠を押さえる能力が担保されるので、総販売力を維持するオペレーションコストがかかる。当然価格競争に晒される商品も多くなり、高い利益率はそうそう望めない。有力な広告枠だけ扱えるという状況はあり得ないから、広告需要そのものが減退したり、広告枠が限定されなくなるととたんに利益率の悪い商売になる。

メディア扱いをさせてくれるのは、ディスカウントするか、キャンペーンプランニング、クリエイティブなどのトータルサービスを提供するかどちらかで、単にメディア扱いだけをフルマージンでくれる粋狂な広告主は今どきほとんどいない。
 純粋にプランニングやオペレーション部分だけでもしっかりしたフィーを払ってくれるクライアントが多くなればいいが、日本の広告主の多くは、メディア扱いと抱き合わせで、広告会社のプランニングやオペレーションサービスを引き出した方が安く上がると考えているようだ。フィーをもらうには絶対価値としてのスキルが要る。

そして今はマス広告が激減している。おそらく底を打つのは再来年。その後もマスの回復は容易ではない。

 さあ、この状況下で日本の広告業はどう発展(あるいは衰退)するだろうか。まず最初の視点は、現状の業態で、収益性(粗利率)を維持ないし上げることができるか、そして現在の機能を維持したままオペレーションコストを下げることができるかの2点である。

 粗利率でいうと、現状のソリューションサービス提供領域で、圧倒的に競争優位なサービスを確立することは容易ではない。メディアに関しても、全メディアが広告枠を絞って供給量を減らさない限り(OPECみたいに)、価格の維持やセルスルー率は上がらない。
広告会社が第三者のメディアやソリューションを右から左に販売するだけでは、やはり高い利益率は確保できない。従ってまずはオペレーションコストを下げることで、利益構造を再構築するしかない。損益分岐点を下げるしかないのだ。

 広告業は、現業のコストを抑えて利益を出しつつ、周辺事業開発に能力の高い人材を投入して、新たな収益源を獲得するしか生き残る道(正確には成長する道)はない。成長戦略をとる前に、現業だけでも利益の出る体質にすることから始めなければならない。その上で、戦略的な投資を展開できるかになる。まず、数%(の営業利益率)でもいいので営業利益が出ないと資金調達ができない。一定以上の投資余力を担保するには、こうした環境でも利益の出る状態をまずつくることだ。

 その上で、成長戦略を描くためには、総合商社がやってきたモデルが参考になる。商社ももともとあった手数料収入はどんどん薄利になっていった。そこで商社は、取引相手に資本を注入して、利益を取り込む戦略に出た。そして連結で利益を計上する。
 ここがもうひとつの課題。広告会社がグループ経営という立体的な発想ができるかである。単体の利益だけを考えていると、絶対に行き詰る。なぜなら、マーケティング環境の変化でワンストップでのサービス提供が困難になり、グループでの最適化を図るしかないからだ。総合商社は一見単体がでかいが、中身は様々な事業カンパニーの集まりだ。商社はありとあらうる領域を商売の対象として、「本体側のパーヘッドで商売になるかならないか」で事業選択するので、同じ給与体系でも成立する。実際のオペレーションは給与水準の低い子会社がやるからだ。
広告会社の方は、単体でのワンストップサービスが難しい以上、機能や顧客層別に再編成したグループ対応を求められる。(もちろん既にこうしたグループ経営がかなりできている大手もある。)それぞれに専門性をもった営業力が必要だからだ。いくらスタッフに専門家を持ってきても、顧客とインターフェイスするフロントラインに知見がないのでは、仕事にならない。仕事を獲得できないからスタッフも育たない。総合力という規模の論理は通用しにくくなっている。

 またある意味、広告業はいったん平均賃金を下げてでもしっかり働いてくれる社員をどれだけもっているかの勝負になる。その上で余分な人員は極力減らす。給与体系も大幅に見直して、クリエイティブなどは人件費を原価計上して、計上できた分だけ払う。営業も給与体系を選択できるようにして、ミニマムギャランティ+出来高も取り入れる。こんな荒療治が通用するかだが、こうしたことをやり切れる会社は生き残るだろう。なぜなら広告業くらい人員のパフォーマンスの差が大きい業態もないからだ。一部の仕事のできる人が多くの仕事ができない(ないししない)人を養っている構造がひどいのが広告会社だ。仕事と作業の区別がつかない営業(派遣社員の方がちゃんと仕事をしている場合もある)。バックヤードにいて評論家のようなことばかり言っているスタッフ。いずれもこうした正社員の数をどれだけ減らせるか。その代わりしっかり仕事をして成果を上げている人たちにちゃんと報いられるか。そのためにも評価基準の複雑な、レイヤーや職種の多い大会社を機能分社して、全員の営業利益貢献を数値化できるようにした方がいい。

 それから、デジタルも対応できる人員に極力入れ替える。欧米では、会社の看板はそのままにして大量にリストラして、新しい人員に入れ替えている。日本では文化的にそこまでできそうもないが、グループとして再編成を試み、デジタルスキル人材をどれだけ囲い込めるかが重要だ。
 デジタルリテラシーもデジタルスキルも、今ない人には、今更そう簡単に身につく訳ではない。とはいえ、デジタルスキルがないからといって仕事にならないかというと、そんなことは全くない。要はどんな仕事で稼いでもらうかだ。広告会社の資産は、人材と顧客だ。今どき取引口座はそうやすやすと獲得できるものではない。広告主企業も簡単に取引口座を増えそうとは考えていない。持っている顧客と持っている人材の適正配置(マッチング)こそ広告会社の経営判断であって、それ以外にはないと言ってもいい。
 
 従来の広告代理業というビジネスモデルにおいては、同じ皮袋(ビジネスモデル)の中身をアナログからデジタルに入れ替えただけでは基本儲かる商売にはならない。ただデジタル領域には、新たな儲け口がたくさんあって、いわゆる広告周辺領域には広告代理業以外の事業性もある。だからこそ、そこへの挑戦をするべきだ。
本来広告ビジネスをつくった人たちは、実に「ビジネスモデルドライブ」な会社をつくってきたはずで、広告マンがビジネス開発においても潰しの利くところを見せなければならない。広告業の将来は、若い広告マンのこういう意識にかかっている。能力は高いのだから・・・。

ADKインタラクティブの社長の秘書さんから、人材募集をしているのでブログで取り上げてくださいと言われました。日頃お世話になっているのでご協力させていただきます。

求人している模様です。


http://www.adk-i.jp/employment.html

 テレビには圧倒的な到達力がある。情報をプッシュする力は他のどんなメディアも足元にも及ばない。それを支えているのは、メディアの中でもダントツの接触時間(視聴時間)である。 
 しかしこの時間のうち広告は15%強であるので(もちろん放送法で規制されている)、広告への接触時間でいうと別のデータが必要である。一方私の感覚では、閲覧しているWebページのほとんどに広告が掲載されている。広告接触チャンスとしてのインターネットはかなりいい線行っているかもしれない。
 誰か、Webの閲覧時間のうち、広告掲載面あるURLを見ている時間のシェアはどの程度か調べてくれないだろうか。
 もちろん、広告フォーマットが違うテレビ広告とインターネット広告を単純比較するのはナンセンスだ。そもそもの接触態度、情報取得態度、期待値も違う。しかし、ネットもビデオ広告などが増えており、これらはかなり確実な視聴として計測できる。フラッシュビデオであれば、リクエスト回数だけでなく、どこまでの再生が行なわれたかも記録できる。この辺はテレビの視聴率データよりはるかに優れている。
 
 日本でテレビの個人視聴率が機械式で計測され始めたのは、確か97年からだと思う。それまでの日記式の視聴率よりも若干数字が落ちたように記憶している。
 機械式といっても「ピープルメータ」は、家族構成員のうちのそれぞれのボタンがリモコンにあって、テレビを観ているときに各自がそのボタンを押しておくというものだ。確かアメリカには、カメラが着いていて、テレビの前にいる人物のシェイプから個人を認識する優れものもあったと思う。ネットの広告の視聴記録も、アドサーバーへのリクエストベースではなく、クライアントPCでの表示をもって信号を出して記録するから、精度は高い。(IABの推奨方式)
 
 ご存知のように、テレビスポットを個人視聴率ベースのGRPで買い付けることはできない、しかし今どきTARP(個人視聴率ベースのGRP)で換算してスポット案を評価しないクライアントもない。
 それだけテレビの場合、ターゲット層以外の無駄な出稿は避けられない。しかしターゲット含有率ばかり求めていたら、リーチ(ターゲットリーチ)も獲れない。即効性が強みのテレビ広告のうまい使い方にはならない。この辺が難しいところだ。

 2000年におそらく日本で始めてのインターネット広告に関する本「ネット広告ソリューション(日経BP刊)」を出版したとき、インターネット広告は、到達力とセグメント力の両方を満たす広告メディアになると書いた。
 実際、現在のネット広告にはその両方の力がある。しかしテレビのプッシュ力と遜色ない広告枠と評価されているのはまだヤフーのブラパネくらいだ。ただ、そこにはネット広告に対する誤解もある。広告界には感覚的な「出した感」を云々する人がいて、「宣伝部長が観られないと、ターゲットが女性であっても、どうも広告が出ている感じがしない」という。しかしこれも時代が「広告レスポンスがあって初めていい広告」という受け手主導感覚にシフトし、効果を必ず測定管理するようになれば解決するだろう。実際にセグメントされたターゲット内の到達力があれば、効果があるはずだから。

 そういえば、テレビ番組に最近2時間特番や3時間特番が増えた。期首特番の時期でもないのに、始終やっている。テレビ番組の制作費は1時間でも3時間でも基本そんなに変わらない。テレビ局の制作費抑制政策が、長時間特番編成に表れている。これでは現状の視聴者層を拡大するチャンスはますます減っていく。同じ内容を3時間飽きない人にしか視聴意欲は湧かない。
 私が最近ちゃんと観たテレビ番組は、NHK「証言ドキュメント 永田町権力の興亡」くらいだ。

そもそもテレビが持っているメディアパワーが、コンテンツが比較的貧弱になることで減退するのはもったいない。今こそテレビのプッシュ力を評価して、しっかりしたコンテンツを注入していくべきだろう。

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