ベムのコラム: 2009年6月アーカイブ

 よく情報過多の現代社会で、「生活者の情報取得態度が自分にとって好ましいものに選択的になる」ということをいうと、みんながみんなそうではないのでは?という意見が出てくる。能動的な情報取得行動をする人と、あくまで受け身の人がいるのではというのだ。もちろん非常に能動的な人と、非常に受動的な人がいる。マスメディアの情報に流されやすい人も相変わらずたくさんいるはずだ。しかし、消費情報そののもが平成8年からの10年間で33倍にもなっていること、検索行動に一定の満足をした経験をある人が大半を占めると、いくら受身でいても、まずすべての情報にスイッチは入らなくなる。情報が多すぎて全部取り込めない。ここから実は受動的な態度でいる人も、気づかないうちに、選択的になっているのである。
 情報選択は能動的に行われるばかりでなく、受動的な取得も選択的に行われるのである。問題はこうした「無意識の情報選択」なのだ。
このとき、スイッチが入るのはどんな琴線に触れたときかを解明するのが、「消費者インサイトの分析」というマーケティング活動である。
 無意識の情報選択のなかで、どうしたら意識してもらえるかの「洞察」が本当に重要になってくる。

私が社会人になったのは1982年で、まさにマイケル・ジャクソンの「スリラー」が音楽界を席巻していたころだ。80年代後半に「アメリカン・ミュージック・アウォード」などの洋楽番組に関われたのも、マイケル・ジャクソンが単に洋楽ブームにとどまらず、社会現象にまでなっていたからだ。彼が受賞した会のグラミーは(当時TDK提供)は視聴率が10数%にもなった。「We are the World」は確か84年ごろの「アメリカン・ミュージック。アウォード」の授賞式のあとにあのメンバーがそのままスタジオに入って収録されたものだ。そんな価値あるソフトと数字でスポンサーを説得できた訳だ。
AMWは5年間スポンサードしていただいて民放で特番化したが、90年代になっていくと洋楽はもう地上波のコンテンツではなくなっていった。その意味でもマイケル・ジャクソンが稀有なタレントであったことを今にして思う。

 このところの政局に関するテレビメディアの論調には少しうんざりするものがある。
いわく「政治が軽くなった。云々・・・」。芸能人が司会をして、どう考えてもテレビで何百万人を前にして披瀝する見識があるとは思えないタレントをコメンテーターにして、政治を題材に批評してみせるのだが、そうしたことが政治を軽くしている行為そのものであることに気づいてさえいない。
 テレビメディアで論評を加える場合、新聞の記名記事と違って、批判っぽいことを言う、批判的なニュアンスでものを言う、など基本的に見識をもった意見自体がないのに、とりあえず批判的な印象を与えるだけということがあまりに多い。
 ほとんどの視聴者は、こうしたテレビの手法に少なからず眉をひそめているところがあるはずだ。ところがテレビの送り手には、こうしたサイレントマジョリティの見方が理解できていないようだ。昔はテレビでの発言に電話でクレームしてくるということがたくさんあった。それだけ真剣にテレビを観ていたことの裏返しだ。しかし今はテレビの手法にうんざりしていても、別に文句を言うほどことでもない。テレビはまあその程度のものになっているのだ。
 情報量が爆発的に拡大したことで、情報の取得者の取得態度は、基本的にこういう態度だ。ネットへの接触体験が多くなってくると、いちいち自分の指向に合わないものに反応していたら際限ないので、自分にとって良好なものを選択的に取得するようになる。
 こうしたメディアの受容態度の変化を、よくよく最大の大衆メディアは理解しないといけない。番組の編成権は今や視聴者にあり、○曜日の○時に必ずテレビの前に座らせようというある種の「送り手の思い上がり」から早く脱却することである。

 日本ではなかなかスパークしないアドネットワークだが、プレミアムネットワークなどリーチを武器にするというより特徴をもったアドネットワーク志向で徐々に増えてきた。
特定のカテゴリーのコンテンツをもつWebメディアが連携するのが特徴だ。
 
 アドネットワークはそもそも、第三者配信サーバーを使って各メディアへの配信をしていた広告主に対して、その本来の目的である広告掲載面ではなく、オーディエンスを買ってもらうサービスとして確立したものと言える。

 またクリックを買う、アクイジションを買うモデルでは、売り手であるメディアと買い手の広告主をオンライン上で取引を成立させるアドエクスチェンジが成立した。
 アドエクスチェンジの運営者が、メディアからCPMで買って、広告主にはCPCで売るようなスタイルである。メディアからすると、ひとつのアドネットワークに在庫を全部預けてしまって、セルスルーや単価が低いというリスクを避けるために、複数のアドネットワークの中から、CPMの高い方の配信を受け入れる仕組みもできてきた。(ベムは勝手にこれを「オルタナティブなタグ」と呼んでいる。)

 そして、グーグルがラジオや新聞ほかで試したアドマーケットプレイスだが、やはりアナログメディアでは、ネットメディアのように効果をトラッキングできないことと、人間が介在するエージェンシーサービスを凌駕するまでの画期的な価値の創造ができなかったようだ。しかし本当の理由は、グーグルの企業文化かもしれない。つまりまだ始めたばかりのこの段階で撤退しちゃったことである。この種のサービス確立には、いろんなハードルがあるもので、こらえ性がないと実現できない。広告がサービス業だという本質において、粘り強い挑戦が必要だっただろう。つまり別の見方をすると、オンラインによる広告枠の取引は、別のプレイヤーによってまたチャレンジされるはずである。
 その際は、マス広告は従来の売り方と違う手法(課金モデル)で、またROIトラッキングが何らかの手法で可能になることなどの条件が必要だろう。
 
さらにアドマーケットプレイスにはクリエイティブ提供の仕組みが出てくるだろう。現在アフィリエイトは広告スペースの提供者にだけ、成功報酬が払われているが、クリエイティブのパフォーマンスに対しても対価を払うモデルも出てくるはずだ。既存の広告会社がやらなければ誰かがやるだけの話だ。
 広告のクリエイティブとは何もプロの広告会社の人間だけがつくるハイエンドなものばかりではなくなる。つくっただけではギャランティされないが、広告レスポンスがあれば、効果に応じた金額が支払われるモデルが実現するだろう。

ベムのコラム: 2009年6月: 月別アーカイブ