ベムのコラムの最近のブログ記事

 トラッドなエージェンシーが本丸の機能をどうデジタル化するかと同時に、いわゆるネット専業がどうブランドコミュニケーション領域にアプローチするかもベムは注目している。

 リスティングやリタゲなどいわゆる「刈り取り」に勢力を注ぎ込んできたネット専業代理店が、例えばテレビCMもつくり、デジタル動画広告もつくり、刈り取りの効果指標で評価するマス×リアル×デジタルを実現できるかである。

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 この際、彼らがつくるCMはおそらく従来の空爆型(つまりファネルの一番上)ではない。刈り取りのすぐ上に当たるミドルファネルのコミュニケーション開発である。

 そこで、このミドルファネルに、デジタル動画と共にテレビCMをうまく使うことができるか大きなテーマだ。ミドルファネルはテレビCMではないのでは?と思う方もいるかもしれないが、効率論ばかりではなく、効果の絶対量を考えると、やはりテレビの到達力は別格で、コミュニケーションの内容、文脈、メディアプラン、デジタルやリアルとの連動次第で、ミドルファネルを購買行動に促す力が十分あると思う。

 そこは、「000%以上打たないと効果はありません」みたいな話ではなく、たとえCM1本の出稿でも個全で2.5%でも関東なら100万人のオーダーに達するので、その到達力、伝播力、即効性に注目すべきだと思う。
 ローカルでも、ローカルだからこそエリアのリテーラーと連動した施策が設計できるだろう。

 もしかすると、ライブ感のある「生コマ」的なアプローチが奏功するかもしれないが、イメージしているCMクリエイティブは従来のブランディング広告CMとは少し違うだろう。
一定以上関心があるターゲット向け、ある特定のタイミングにある人向け、ある特定のエリアにいる人向け・・・などなど、つくり込みに手間がかかるのは否めないが、テレビは労力を惜しまず、こうした需要を創造していかないと、パーコストを上げるチャンスどころか、デジタル広告にここの需要を持っていかれる。

 そのあとからの巻き返しは困難を極めるだろう。

 また逆に言えば、デジタルもミドルファネルをテレビと連動していかないと目に見える効果を得られないだろう。
 テレビとデジタルは相互に補完したり、相乗効果を得るために連動、融合を進めないといけない。

 さて、その手間がかかるが、クリエイティブも含め、データで科学できそうなこのミドルファネルのCM(当然「テレビ×デジタル×リアル」の仕組みがマル必の)づくりはどんなプレイヤーが制するのか・・・。

 コンバージョンからの遡りでミドルファネルを設計するプレイヤーに不足しているのは、テレビやリアルの知見だ。
また買った人のデータからだけでは最適なコミュニケーション設計は出来ない。むしろ買わなかった人の「買わなかった文脈」にこそコミュニケーション開発のための宝の山であろう。

 アッパーファネルからの知見ももちろん必要であり、上からも下からも迫れるプレイヤーがやはり強いかもしれない。
 テレビも効果もマーケティングの時間軸を、購買に成果を生む即効性か、ブランドコミュニケーション資産の蓄積という中長期なのかも、フルファネルのコミュニケーション設計上欠かせないことになるだろう。


 ネット専業系の文化に「ABテストして・・・」という最適化概念があるが、これに関しては、ベムは昔から、「それってAからZまで考えてからABテストしてるのかな?AとBのふたつだけ考えてどっちがいいかなんて、もしかするとどっちが一番ひどいクリエイティブかを選別するYZテストかもしれないよね?」という憎まれ口を叩くことにしている。

 トラディショナルな広告コミュニケーション開発をやってきた僕には、表現開発には「まず考えられることを全部書き出してみよう」というプロセスから入るのが習慣づいている。「明日までに100本コピー書いてこい!」というのは、質を求めてはいない。量を求めている。つまりは表現する考え方をいったん網羅して、それから収斂させるというのが、クリエイティブ開発の王道だと思っているし、実際そういうことをやってきた。ブレストも、KJ法・ラダー法もこうしたプロセスに応用するために学んだ。

 一方、ネット専業カルチャーは、例えば「リスティングの広告文を書いたり、バナーの中の表現を有りものの素材で構成してみる」という話は、もともとえらく視野が狭い。Creative というより Creative Adaptation である。

 テキストで訴求する、画像とコピー文で表現する、動画で表現する・・・とデジタル広告のフォーマットが進化すると、情報量が格段に違ってくる。
 
 「いったん考えられる限りの要素を書き出してみる」という思考が、デジタルのクリエイティブにも必要になってきた。

 さて、ここで、ここ何回かのエントリーに書いているような従来からのアナログ施策のデジタル化を発想してみよう。
 
 表現開発のためにいったん考えられるコンセプト、キービジュアルなどを出来るだけ多く抽出する作業は、基本ブレーンストーミングでみんな集まってやるものだった。ブレストの原則は、批判しないで、自由に、質より量で、連想と結合、というルールで出来るだけ多くのアイディアをテーブルに上げる作業だ。

 で、この作業をAIにやらせることも、クリエイティブのデジタル化の発想ではないかと思う。以前、人がやった作業だが、ベムの会社で特定のサイトの中の動画を最後まで視聴したユーザーが、別のセッションでどんな検索やどんなサイトを訪問しているかを、ツールバー利用でパーミッションをとった対象者の全ログデータから分析したことがある。
 そこで、発見したユーザーの共通関心事をクライアントのブランドマネージャーに提示したところ、「これは我々が何百時間ブレストしても絶対出てこないワードだ」と言われたことがある。

 こうした分析は人間が分析するには限度があり、いったん大量に材料を広げる作業をAIにお願いしたらどうかなと思う。

 きっとその先もやってくれるようになるだろうが、まずはクリエイティブ材料を大量に抽出することをAIというデジタル発想のプロセス改革の一環でチャレンジするのはアリかと思う。

 「ABテスト」ってさあ・・と憎まれ口利くだけでなく、何らば、どうしたらいいかも今後は提言することにしよう。

  広告ビジネスが面白いのはクリエイティブを始めとして「アート」な部分を少なからず温存しているからだが、本格的にデジタル化が進むとどうなっていくだろうか。またこれは当事者である広告マン自身がどうして行きたいかという問いかけでもある。

 以前ある講演で、AIによって最初に人がクビを切られる産業は、広告業界(ネット広告業界)だろうと話したことがある。AIまでいかなくても、今「人手が足りない、人手が足りない」と騒いでいるオペレーション領域が真っ先にオートメーション化する。いわゆるRPAで業界は息を吹き返すだろう。とはいえ一方で雇用の面では、単純オペレーションしか出来ない人材は要らないということが急激に起きる。

 そもそもプログラマティックという以上はプログラムによる自動最適化であるので、いつまでも人力でシコシコやるべきものではない。また人では絶対に出来ないことをこなすのが機械であり、AIの仕事だ。
 数年で、バルクで買っておいた広告掲載面に、タイミング、オーディエンス、コンテンツ・コンテキストによって1インプレッションづつ最適なブランド広告を最適なメッセージ(クリエイティブ)をマッチングし、かつ各ブランドの予算配分管理をするようになるだろう。人間のオペレーションでは絶対に出来ない領域にRPAなりAIなりが踏み込んだ瞬間から一気に雇用環境、労働環境が変わるだろう。

 さて、この業界でのAIの使われ方だが、まずは拡張に使われるのだと思う。拡張に関しては、当初DSPを作ったアドテクの人たちが、マーケティング思考なしに(つまりはしっかりした拡張ロジックなしに)ネット上にある手短な材料で「拡張」と称してしまったので、当然効果がなく、成果を出しましたという話をほとんど聞かない。ベムはこうしたことはトラッドなストプラの思考をもって拡張ロジックをつくらないと成果は出ないだろうと言っていたが、前言を翻す。実は拡張こそAIがうってつけなのだ。ロジックなどという理屈でなく、広告反応・効果という結果から配信対象を最適化する。

 この考え方は、それこそ拡張すると、マーケティングにおいて「なぜそうなっているか」を突き止める必要がなくなるのでは?ということに行きつく。つまりは調査なんかいらない、インサイトの発見など、AIが最適化した後に人間が理屈をつけたかったら「勝手にどうぞ」の世界になるかもしれない。
 
 エージェンシーのデジタル化のエントリーに書いたように、本丸はクリエイティブやストプラ、メディアプランニング、SPプランニングなども「経験と勘」「職人技」でやってきた施策をデジタルによるプロセス革命で(おそらくそこには「働き方改革」の文脈も強く作用するだろうが)、効率化だけでなく、従来の手法では絶対に出来なかった新しい価値を創造することが求められる。

 進化する広告配信が人間のオペレーションを超えるように、AIが参入するプロセス革命では、人間による(理由を発見して、それに対処する)プロセスが淘汰される可能性もあるだろう。
 
 そうしたプロセス革命に「人間系」(アート)をどう残すか、残すというより新たな価値をつくれるかどうか、人の力が試される。

 将棋や碁のAIは既に人間との対戦領域を超えてAI同士で鍛え合って、どんな天才でも人間では絶対に発想できない差し手の領域まで行っているようだから、知的な作業ほどAIが代替するほうが、効果が出るようになるんだろう。

 マーケティングはどうなりますか・・・。

 広告マンはどうありたいですか?

購買ファネルという考え方はどうにも古臭いと思えて仕方ないのだが、かと言ってこれを否定してしまうと広告効果も否定されかねない
ので、うかつにどうこう言えない。しかしAIDMAでいえば、D(欲求)やM(記憶)をいう概念は、消費者がモノやサービスに渇望していた
時代のもので、今はない訳ではないが数少ないカテゴリーに数少ない消費者を対象にしか言えないのではないだろうか。
いずれにしてもすべてカテゴリー、すべてのブランドに当てはまるファネルという概念はもうない。

テレビCMの効果から考えると、テレビで認知から関心までを得ることが出来るブランドもまだまだある。特に高齢層向けの商品やサービス
は、ターゲット到達効率が極めていいので、(過多なくらいのフリークエンシーを稼げるので)「これでもか!」くらいの投下量で「知らしむ」
ことが可能だ。そこまで行けば(クリエイティブさえ良ければ)もう絶対買わない人の認知もたくさん得られることとなり、効率的かどうかは
別にして効果がないということにはならない。ただしそこまでの投下量を投じられる予算があるブランドに限られる。

ベムはテレビが大量投下できるブランドばかりになるのを危惧している。CMに鮮度がなくなると、効果はサチるので効率論でいうと
芳しくなくなる。視聴者にとってもいろんな種類の新しいCMに出会うのがテレビを楽しめる要素のひとつであるはず。
 だいたい従来広告代理店が手売りすることで、同じ作業なら少しでも多いGRPを投じてほしいので、「一定以上投下しないと効果は
ありません」というどこにも根拠のないことを言ってきたと思う。
 しかしスポットで100GRPでも、デジタルと組み合わせたり、ターゲティング精度を上げることでテレビの効果をしっかり作ることは
出来るはずだ。
その意味で少ないGRPでも効果を得るには、「テレビで認知させてネットを刈り取る」という思考ではなく、「デジタルで素地をつくって、
テレビで刈り取る」というくらいの考え方になるだろう。

 ネットはユーザーの文脈でコミュニケーションが成立している。一方、テレビは基本ブランドの文脈でコミュニケーションが成立している
といっていい。で、そしてこの20数年での大きなパラダイムシフトとしておきたことは、コミュニケーションの主導権が「送り手から受け手」に
移ったことである。消費者が主導権を握っている。
 
 さて、このエントリーの本論に移ろう。

 テレビCMで認知を得ると簡単にいうが、その認知も「関心のある文脈上にメッセージしないと認知されない」というのがベムの考え方
である。というのも図のようなAISASモデルにソーシャルでつながる他の人のシェアで初めて認知することが増えたことで、その体験が
マス広告認知においても「そもそも関心のある文脈上にない情報は認知されにくい」ということになっているのでは?という仮説だ。

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 そうなると、ユーザー文脈で成立しているネット(デジタル)で、ターゲットにとって自分事化できるコミュニケーションがあって初めてテレビCMも効果を生むことになる。その際、デジタルは自分事化、テレビは社会事化を担う。テレビでCMを打つことで得られる最も
大きな効果は「このブランド、テレビCMやってるんだ・・・。」という社会的な信用、みんなもきっと知っているんだろうという安心である。

 テレビとデジタルのアロケーションモデルをつくるべく、統合パネルほかで効果検証をすると、テレビ×デジタルがオーバーラップする
層の購入意向のリフトアップが顕著になる。ここを深堀りすることに意味がありそうだ。
 その場合、同じ素材ではなく、デジタルは自分事化のメッセージ、テレビは社会事化のブランドメッセージと役割分担をして、どう化学反応
を起こすかを探求する必要がある。

 1958年生まれで今年60周年というヒト・モノ・コトでいうと、東京タワー、前国立競技場、ホンダスーパーカブ、シーチキン、チキンラーメン、グラミー賞、マイケル・ジャクソン、マドンナ、ドリカム中村正人(彼とは大学のクラスメートで誕生日は2日しか違わない)・・・。

 このくらいの時期に生まれると、日本のアニメを「鉄腕アトム」からしっかり観て育つ。エイトマンもスーパージェッターも巨人の星も将来それらを番組企画していた広告代理店に入社するとは当然全く思いもせず熱中していた。エイトマンには宿敵と東京タワーで闘うシーンが出てくるが、私の「タワー愛」はエイトマンからかもしれない。
ビートルズも解散前からレコード買って聴いてたし、ネオシネマ時代の洋画も感受性の高い時にリアルタイムで観てきた。朝日ソノラマのソノシートじゃなくて、ちゃんとしたレコードを初めて買ったのは加山雄三さん「君といつまでも」で(田舎ではゴジラ映画と並映される若大将シリーズを観て・・・)二番目はローリングストーンズの「Let’s Spend the Night Together」のEP版、最初のLPはアビー・ロードだ。「2001年宇宙の旅」は小学生には難解なので何回も観に行ったw。
大学時代は、初代ウォークマンを聴きながらギター(テレキャスター)背負って代官山の旧山手通りを歩くのは自分のスタイルだと思っていた(笑)。トムズサンドイッチやラ・カシータ(場所は変わったが)は今だに続く名店だ。ちなみに「アウト・オブ・眼中」というフレーズをつくったのは私で、79年ごろの英語購読の授業後の青山キャンパスでのことである。

 で、就職活動でアサツーを選んだのは、当時パイオニアの「ロンサムカウボーイ」のCMシリーズが大好きだったからだ。こんな素晴らしいCMをつくる会社なら入ってみたいと思った。1980年前後からスタートしたシリーズは、私が入社した年には最高傑作ができる。

https://www.youtube.com/watch?v=lBFQ6bpeoPA

 このころの広告代理店では、テレビは16mmのフィルム、新聞は凸版、雑誌は版下という具合に、各メディアが始まってからずっとそういう入稿形式だったろうスタイルが継承されていた。代理業が成立するのは物理的に誰かが原稿をつくって媒体社に送り届けなければならないからで、何を代理しているかははっきりしていた時代だ。

 前置きが長かったが、要は今年還暦のベムはちょうどいい時代に生きてきた。それは特に広告業界人としていい時代だったように思う。子供時代から見聴きしてきたものも、広告屋としてはすごく役に立った。ドクタースランプからドラゴンボールへの企画変更時や、ドラえもんやキテレツ大百科やタッチなど多くのアニメ番組販売に携わってきたし、ロック少年だった私は、アメリカンミュージックアワードの特番づくりやハイネケン・シティ・ライブ・ツアーを仕切る立場でもあった。バブル期はクライアントがいろんなことをやらせてくれた。広告は文化だと胸を張れた。なによりやっていてホントに楽しかった。

 96年のDACを創業することとなったのも、アサツーで出来る仕事としてはホントにいい仕事をやらせてもらって、ある意味やり切った感もあって、次の広告ビジネスを0から作り上げるのも面白そうだと思ったからだ。ネット広告の黎明期は実に目まぐるしい時代で、事故のパターンがいつまで経っても出尽くすことがないのに閉口した。一方で何もないところに最初の一歩をつくるという楽しい作業もたくさんあった。
 JIAAとWeb研の共同事業として「ネット広告用語集」の編纂委員長を仰せつかって、広告の表示回数をインプレッション数、掲載面のアクセス数をページビューと定義させてもらった。ダブルクリックの創業者ケビン・オコーナーに会って、DACは最初のライセンシーになった。その後オーバーチュアになるGOTO.comが会いに来たのは99年だった・・・。その年に日本で初めてのネット広告の本を上梓した。
 
 36年も広告業界にいるのだが、前半15年は徹底的にマス広告をひとりのアドマンとして、後半22年は0からネット広告をビジネスにするために経営者としてやってきた。

 その経験は、今、「経験と勘」で成り立ってきたアナログ施策(クリエイティブやマーケティング戦略プランニングやSPプランニング、マスメディアプランニングなど)にいかにデジタル発想でプロセス革命を起こせるかを思考するためと、革命を起こせる人材を育成するために生かそうと思う。周りのおかげで充実した広告屋人生をおくってきた。恩返しはまずは「人づくり」。そのためにも彼らが実践できる場をつくることか・・・。

ベムが起案者であり創業メンバーだったDACが博報堂のTOBで上場廃止となる。既に支配下にあるDACを有利子負債までして1100億も出して完全子会社化する博報堂の判断に首をかしげる者も多いだろう。「1100億もあるならADK買っちゃえばいいのに・・・」の声も聞こえてくる。まあ、それだけ今のADKには価値がないというか、買えば返ってお荷物なのだろう。それだけ博報堂はデジタル化を急ぎたい。(ADKにはもう自分自身ではデジタル化の目がない)

DACホールディングスには商流で代理店を通すメディアレップDACと広告主直のアイレップの主力2社があるが、SEMというなかなか潰しの利かないソリューションに特化したアイレップが対応するソリューションの幅を広げるのは簡単ではない。だからこそDACはホールディングスにして広告主直のソリューションの幅を広げるM&A展開を積極的にするとベムは思っていたが・・・。
だから今回のTOBはグループとしてのデジタル対応力拡大よりも博報堂本体のデジタル化を狙っている。

ベムが12年前にトライしたADKインタラクティブは、「ADK本体がデジタル化するのは無理だからADKインタラクティブが大きくなって親子逆転によって、結果としてデジタル化を果たす」という狙いでつくった会社だ。そのプロセスでリソースをどう引き渡すかが一番肝だと思っていたが、そもそも代理店の本丸機能であるクリエイティブ・マスメディアプランニング・SPプランニング・戦略プランニングなどをいかにデジタル化するかが最も難しいところとなる。
前のエントリーにも書いたが、今のエージェンシーに起きていることはオペレーション機能の空洞化と主力ソリューション機能の(デジタル化の遅れによる)陳腐化である。
デジタル化の本質は、経験と勘で培ってきたいわゆる「アナログ施策」をデジタルテクノロジーとデジタルデータを駆使してプロセス改革を成すことにある。

さて、そうしたことをトラッド主導でやるか、デジタル主導でやるかが大きな問題だ。

ベムはADKインタラクティブ時代、ADK本体の新卒を何人かADKインタラクティブにインターン出向させて2年預かって「デジタルマインド」を叩き込んでから親会社に返すということをやっていたが、出向解除時にデジタルが分かる人材として引く手あまただった者が本体部署に戻るとデジタルと程遠い作業ばかりやらされていて、全く意味がなかった。結局従来のビジネスの仕方しか知らない上司の下に来ても活用されない。トラッドがデジタル人材を手足でしか使えないのなら自身のコアスキルをデジタル化することなどありえない。トラッドが主導してデジタルを飲み込むリスクはここにある。

DACは博報堂DYホールディングスの下に直接ぶら下がる形になるのではと聞いた。それはいいことで、MPの下で、ブランドエージェンシーの営業、MPの業推などと、その下にDACのプランナーやオペレータがたくさん連なる状態はデジタル広告が運用型主流になればなるほど意味をなさないのは明白である。だいたいメディア業推という役割がデジタルメディアに必要だとは思わない。(マスメディアにおける職能概念だ)
DACがMPと横並びになるのならデジタルオリエンテッドなビジネスはスピーディに進むだろう。あとはクリエイティブを含め本体ソリューションのデジタル化をDAC側のデジタル人材との融合で出来るかどうかだ。給与体系も含めオペレーション人材として捉えてきたグループのデジタル人材を従来どうりに手足として使うだけの発想では1100億円は意味をなさないだろう。デジタル人材とはデジタルメディア人材だけではない。

さて、一方電通もホールディング体制にすることを検討していると発表している。ベムが注目するのは電通デジタルが電通本体と横並びになるかどうかだ。(本来はイージスを買収した際に、電通とイージスの位置づけということではホールディングスがあって、事業会社の電通とイージスが並んでも良かったようにも思うが)
当然、電通本体がフロントをとってデジタルビジネスを支える基盤も大事だが、デジタルがフロントをとって電通本体のリソースを活用できると(タスキ掛けになると)融合が進む環境になりそうだ。

その昔、ADKインタラクティブでフロント営業をして本体にメディア発注していた事例もある。

そもそもデジタルとグローバルはコインの裏表で、欧米のメガエージェンシーはデジタル化とグローバル化は同時に発想されている。
その点、博報堂はグローバル化では遅れを取って、国内でのデジタル化を先行して、デジタルからのアジア展開を志向しているように思う。(ADKもマーティンが引退するのだったら焦らずにWPPに残っていれば、ザクシスジャパンをADKが担うことでデジタル&グローバルに活路を見出すこともできたかもしれない。)

いずれにしても、エージェンシー(電通と博報堂)のデジタル化はネット広告の扱いを子会社をつくって対応さるところから、本体ビジネスのデジタル化をどう果たすかに舵を切った。同時にもう主戦場のデジタルでは、電通と博報堂以外総合代理店はほとんど存在感を失った。タイトルの「エージェンシーの・・・」は、電通と博報堂のデジタル化という意味だ。

 企業のオウンドメディア戦略は5年ほど前から大きく変質している。以前の自社ドメインへの流入を促す自社コンテンツ構想はほとんど挫折した。「分散化」というキーワードはもう死語になるくらいだが、公式アカウントというソーシャルメディア戦略には対応しつつも、オウンドメディアには企業に「解」がないまま推移している。

 その間に、回線も「ほぼ」だったり、フリーWifiの普及などで、スマホで動画を観る機会(頻度)も量(時間)も圧倒的に増えた。

 動画コンテンツを中心に企業のオウンドメディア戦略の立て直しがテーマになりそうだ。そうなると、ブランデッドコンテンツとしての動画を量産する「装置」をどう獲得するかが課題になるが、それらを、どこを起点に発信していくかも再設定する必要もありそうだ。

 その意味で、YouTubeチャンネルを起点にその登録者数を少なくても100万人規模にする目標があってもいいのではないか。
 「ブランドのメディア化」を果たすための分かりやすい目標なのではないかと思う。

 米国ではYouTubeチャンネル登録者数は「ブランドのメディア化」指標のひとつと捉えて、その規模はミリオンの桁である。

 コカ・コーラ 247万人
 フォード   174万人
 アップル   670万人
 サムスン   247万人
 
 一方、日本では、大手企業では下記の登録者数に留まる。

 コカ・コーラ 3.1万人
 花王     3.3万人
 キリンビール 3.7万人
 ソフトバンク 7.2万人
 
 米国の公式チャンネルは英語圏にグローバルに広がるので、日本語ベースが一桁少ないのは理解できるが、どうも二桁違うのは、日本では各社ともまだYouTubeチャンネルの登録者数に目標設定をしていないようだ。
また、公式チャンネルの動画がほとんどCMものばかりであることから、テレビでは観られないスピンオフだけでなく、ソーシャルに対応したブランデッドエンターテインメントを、ユーザー文脈でも量産できる「装置」をチャンネルに装備すれば、登録者ミリオン獲得も困難ではないのではないだろうか・・・。

 どんな業界でも、スキルの再編を要している。売り物が変わる。顧客が変わることによって、改めてそれらを売るスキルの要件定義が必要となっている。
 
 その上で広告業界にはまた業界ならではの要因もあって、相当難しい局面を迎えつつある。
 
 前回のエントリーを踏まえ、エージェンシーが生き残る(あるいは業態を変える)ために必要なスキルの要件定義について書こうと思う。

 前回エントリーにも書いたように、まずは総合系代理店の場合、プログラマティックバイイングのオペレーションの完全外出しによって、本来あるべき機能の空洞化と、デジタルとトラッドの分離によって、従来から持っていた大事なスキル(クリエイティブ・マスメディアプランニング・SPプランニング・ストプラ)などが急速に陳腐化するリスクを抱えている。電博はグループ会社でオペレーション機能を抱えているので、資本としては空洞化なないものの、本体エージェンシーにおけるスキルがこのままでいい訳ではない。
 また電博以外は特にクリティカルで、競合代理店資本のメディアレップに頼っているのではお話にならない。
 
 そうすると、電博以外で少なからずテレビ扱いがあり、デジタルに弱い総合系は、いくつかの対策が急務である。
 そうした代理店が唯一ネット専業に勝る知見は、マス(特にテレビのプランニングとバイイング)、リアルなSPプランニング、そしてクリエイティブあたりで、そうした知見をデジタルと統合することでしか生き残れない。
 
 そのあたりの詳細については今回初めてエージェンシー向けセミナーを企画した。
是非、電博以下の代理店の経営企画部門の人は参加をお勧めする。

 http://eventregist.com/e/aoTvxEhS6853

 2020年代に広告ビジネスに起きる構造変化と、その対応も提示したい。


 またネット専業でも特化型ソリューションのエージェンシーも、クライアントに単独ソリューションだけでなく、隣接するソリューションとの統合プロデュース機能を求められていることだろう。
 そうした行き詰まりをブレイクスルーするヒントも提示できると思う。

  総合代理店という呼び方は昔からあったが、近年ネット専業との対比でより使われるようになったかと思う。エージェンシーの危機、まずは総合系代理店(とは言っても実態はアナログ代理店という意味になってしまうが)について言及する。総合系代理店も長年口座のあるクライアントに対しては、当然のようにデジタルビジネスも取り込まなければならない。従来から基本的に要請のある仕事があれば、電博以外の総合力のない代理店は、自社内にスタッフ機能がなくても、外部協力会社が十分機能してくれて対応してきた。

 しかし、デジタル関連になると、もちろん外部にメディアレップなどの外注先があるので、まったく対応できない訳ではないが、そもそもプランニング機能、ディレクション機能もないまま外注しているので、従来の外注とは違う。メディアレップ側をやっていたベムからすると、そのオーダーにデジタル知見がないものがいかに多かったかを体験している。さて、デジタル広告も、「枠もの・手売り」ですらそうだったものが、「運用型、プログラマティック」のシェアが増すに至って、そのオペレーション自体をすべて外部に依存している。(電博のようにグループ会社への外注だったらいいとも思えるが、資本の論理ではそうだが、個々のアドマンとしてはどうなのか・・・)
 オペレーションといっても、配信設計、KPI設定、モニタリング、配信方針のディレクションなど、知見の核の部分は有していて、単なる作業部分を外部に出すなら理解できるが、そうした知見そのものを持たないままのオペレーション外注となっている。イベントを外注するのとそこが違う。ワンストップで代理店が扱いを得るにはそれなりのプロデュース機能やプランニング機能、ディレクション機能があるからだ。
そうだとすると、オペレーションの丸投げは、プランニングやディレクションノウハウが蓄積されない。

 
 つまり、エージェンシーとしての機能の空洞化が起きている。これが存在意味にかかわる。


 そして、もうひとつの危機は、従来のクリエイティブ、マスメディアプランニング、プロモーションプランニング、マーケティング戦略プランニングなど、総合ならではの知見が、デジタル対応できていないために急速に陳腐化していることだ。

  ベムは「デジタル化の本質は、従来からあるいわゆるアナログ施策もデジタルテクノロジーとデジタルデータで最適化されることである」と今執筆中の本にも書いているところだ。
デジタルマーケティングというと、WebだのアプリだのSNSだのと施策そのものがデジタルの打ち手と考えがちだが、実際はチラシもダイレクトメールも営業マンのアタックリストもデジタルで最適化される。テレビ出稿もCMクリエイティブもだ・・・。
いわゆるデジタル施策はすでに一通り試された。デジタル化で最も重要なフェーズに入ってきた今後はすべての施策がデジタル化の影響と恩恵を受けることへの対応だ。

だとすると、総合系代理店こそ従来積み上げてきた広告を中心とするマーケティング施策のプランニング力とエグゼキューション力をデジタル化することが急務である。しかるに、未だに何をしたらいいのか分からないというのが現実だろう。

ベムは残された対策は数少ないと思う。

ただ必ずやるべきことは明確である。


さて、ではネット専業やデジタル領域のエキスパートの未来は明るいかというと、総合系ほどではないが、専業ゆえの行き詰まり現象が起こると考える。

 ネット広告の専業、SEM専業、ソーシャルメディア専業、インフルエンサーマーケティング専業、テックベンダーなど、一領域に特化したサプライヤーがどんどんできていている。しかし、彼らが営業の現場で、クライアントから突き付けられている課題は、単一ソリューションだけでなく、その他のソリューションとの統合をプロデュースして欲しいということだ。

 しかし、こちらにも知見がない。
 テレビは分からない。クリエイティブも分からないどころかデジタルでの他の領域も分からない。
もちろん、専業がすぐテレビやCMクリエイティブに対応できる訳もない。

 クライアントの要求にどう対応したらいいのか・・・。

 そして、ここが肝でもあるが、本来、広告主側にあるべき機能(チームビルディングやプロジェクトマネージメント機能)がないことだ。ここ10数年の急激なデジタル化によって対応しなければいけないことが急増したことに起因して、統合して外注管理するスキルもほとんど育成されていない。

 ベムは従来から広告主内部に必要になってきた知見育成を支援することを行ってきたが、それだけでは追いつかない気がしている。エージェンシーをはじめとするサプライヤー側も支援して、間接的に広告主のデジタル化を支援することも考えないといけないかもしれない・・・。

 マーケティング業界で少し感度の高い人なら、「Warby Parker」というブランド名を聴いたことがあるだろう。またBonobosという男性アパレルブランド名はどうだろうか。
D2C(ダイレクトtoコンシューマ)というキーワードで出てくるブランド名だが、もっとこれらのブランドの特徴を言い表したワードが、Bonobosの創業者であるAndy Dunnが作った造語「DNVB(Digital Native Vertical Brand)である。

 「デジタル・ネイティブを起点に生まれたバーティカル・カテゴリーに特化したブランド」で、別名「v-commerce brand」とも言われ、従来品がE-Commerce 上に乗っかるだけの形態と区別される。

この情報は、デジタルインテリジェンスNYの榮枝から今年になってレポートされたなかでも特筆すべきものである。
ベムは彼を早々に東京に招聘して、この動向の意味を、セミナーを実施しつつ、特に企業の経営企画が把握すべき情報として発信したいと考えている。

さて、DNVBを定義すると
① 「製造直販」をテクノロジーの力で可能にさせている。中間コストが少ない分粗利率が高い。
② 「ブランド体験」がオンライン起点で拡散される。自社ブランドが提供するメッセージだけでなく、インフルエンサーを筆頭としたソーシャル上のユーザー起点のコンテンツがブランドを支える。
③ 通常のEコマースやアマゾンのチャンネルと競合しない「第3の流通チャネル」
④ 顧客情報を直接保有している。(サブスクライバーとしてクレジットカードが登録)
⑤ スタートアップの起業マインドでコミュニティを成長させるパワーを持つ。大企業の自社開発で立ち上げるブランドとは趣が違う。

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さらに、DNVBに共通する特徴は
・CPGブランドでは、一見衰退していた「老舗の工場」や「リアルの製品や素材」をM&Aや提携で確保している。そして「テクノロジー・プラットフォーム」で再生させて、流通経路をユーザーまで直結させている。
・SNSを中心にオンライン上に「オーディエンス」を持つメディアであること。
・スタートアップとしてP/L、B/S全体の管理 →マーケティング費用はR&D費用の概念でオーディエンスを開拓する投資である。
・強烈なリーダーシップ→届けたいサービスに対する創業者の思い、バイブルが存在する。
・エグジットを前提としたビジネスモデルで、エグジットで得た資金をさらなる成長に再投資するマーケティング

ということになる。
レポートしてくれたDIニューヨーク榮枝は、このモデルを従来のマーケティングファネルに対して、筒状のモデルで表現する。

 ファンを数万人、数十万人を集められる強烈な個性と、独自のブランドテイストをもつブランドがいきなり顧客(サブスクライバー)を集めて始まり、ファンがメディアとなってその筒の直径が大きくなっていく。
 ここにはマス市場に向けてブランドの認知から始めるマーケティングファネルのモデルは全くそぐわないものとなっている。

 
 ウォルマートが約3000億円で買収したJet.comとそのカリスマリーダーであるマーク・ローリが、ウォルマートでやっているのがBonobosをはじめとするDNVBの立て続けの買収である。
これが対アマゾンのウォルマートの戦略のひとつであることが垣間見える。

デジタルインテリジェンス主催のDNVBに関するセミナー情報はまた追ってこのブログでもお知らせする。

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