ベム: 2015年5月アーカイブ

DMPやデータマーケティングの効用はユーザー視点でマーケティングすることにある。商品視点ではなくて、顧客ユーザー視点でものを考えるということでは、以前にIBMさんのイベントでローソンの玉塚さんが説明された下記の話が実に分かりやすい。

「ローソンのID-POSデータ分析で、ある店お客さんは最寄りのコンビニが別の系列にも関わらずローソンに来てくれる。そして必ず買ってくれる商品がひとつあるという。この商品は週売としては棚落ちを余儀なくされるレベルだが、この商品が棚からなくなると大事なお客さまをひとり失う可能性があるため、この店ではしっかり置いてある。」という。

リテーラーらしい顧客視点の話だが、こういうことはメーカーであろうと、サービス業であろうと同じことが言える。日本は人口減少社会だ。LTVを上げること、クロスセル、アップセルを向上されること、またターゲットセグメントが年齢による構成になっているブランドのラインナップをもっている企業であれば、ブランドAからブランドBへ顧客を橋渡しして、引き継いでいかなければならない。こうしたことは事業部のブランドマネージャーでは出来ない。彼らは当然商品視点でマーケティングせざるを得ないのであって、ブランド横断型のデータマーケティング部門をつくってやらなければならない。

さて、「ユーザー視点でマーケティングせよ」という話だが、今日はこれをテレビの視聴者に当てはめてみよう。つまりテレビのオーディエンスをマーケティングするというテレビ局がやらなければならないことだ。番組が商品としたら、視聴者が顧客(ユーザー)ですよね。

最近私はテレビ視聴データを丹念に見ている。テレビの視聴が番組によってその専念視聴度合いがかなり違うこと、ひとつの番組の中でも視聴者はひどく入れ替わっていること、箱番組などはロイヤル視聴者(例えば1クールに一定以上回数を視聴するTV端末)がかなり少ないことなどに気づく。店に例えると、常連客は少なく、たま~に来るお客と一見さんがほとんどというお店だ。これが話題の高視聴率ドラマになると定着率と専念視聴度合いが大きく伸びるというわけだ。

そうするとテレビ局はまずは番組の常連さんとはどういう人かを分析しなければならない。視聴率に右往左往しているが、視聴率を上げるには、まず視聴質を分析しなければならない。視聴質とは、「誰が観ているか」と「どの程度専念して観ているか」のおもに2つの要素だ。これをコンテンツのメタデータと紐付けてみないといけない。

この番組に定着率の高いロイヤル視聴者(つまり常連さん)はどういう人で、この人たちは他にはどんな番組の常連さんなのか・・・。テレビを観る人たちとはどういうペルソナでどういうセグメントに分けられるのか・・・。こういう分析をしないとオーディエンスをマーケティングすることにはならないのだが、テレビ局の人、ちゃんとやってる?そもそも番組ごとの視聴率(つまり商品が何個売れたか)ばかりに一喜一憂していて、視聴者(誰が買ってくれたか)を全然分析してないんじゃないの? せっかくひとつのドラマを当てても、次の企画で獲得した視聴者をまったく違うセグメント向けのドラマにしてない? 同じ枠での視聴者の流入や流出ちゃんと分かってる?

Netflixはやってるよね、こんなことくらい。それどころかもっと内容、シナリオ(データによるコンテンツマーケティング)にまで踏み込んでいる。

クリティカルなのは、日本のテレビ局がデータによるコンテンツマーケティングとは未だほど遠いところにいることだ。Netflixが脅威かどうか以前に向こうは当たり前のことをやっていてこちらは当たり前のことをやっていないということに気づきましょう。

編成権はとっくの昔にテレビ局の編成から視聴者に移っている。みんなもうどこの局のドラマかなんてほとんど気にしてはいないのよね。

「見逃し視聴」とかいうけど、そもそも「見逃し」という言葉を使う時点で、「あらっ?見逃しちゃったの?」という未だ「〇曜日の〇時は、お茶の間で座って待ってなさい。」という感覚でないのかな。編成権が視聴者にあるということが理解できていない証拠のようなものだと思うけど・・・。

 オンデマンドでニーズのあるコンテンツは、必ずしも放送で視聴率の高い番組ではないはずだ。ユーザーが少ない可処分時間からアクティブな視聴行動を選択するコンテンツは、習慣的にテレビが点いている時間に流れているものを観るという行動とは同じではないのだ。また放送とオンラインのオーディエンスは同じコンテンツでもどの程度オーバーラップするのか、しないのか、そういう分析も必要だろう。


ちょっとばかり厳しいことを言いましたが、私はテレビが好きです。テレビで育った世代です。「鉄腕アトム」から日本のアニメをリアルタイムで観てきましたし、仕事で「Dr.スランプ」や「ドラえもん」や「ドラゴンボール」などたくさんの番組やスポットを売ってましたし、洋楽特番も制作してました。クライアントさんからナイターもらって(SG戦なので)雨降って中止にならないようにてるてる坊主つくってたような広告マンでした。テレビCMも10数本つくりました。ですからテレビがやるべきことをやらずに弱体化するのを見過ごせない思いがあります。

今のところテレビは強力なプッシュ力をもつ唯一の広告メディアです。

昔マス4媒体といいましたが、今や新聞も雑誌もラジオもマスと呼べるプッシュ力はありません。

マスと言えるのはテレビだけです。


そのテレビが若い視聴者にはそっぽを向かれつつあります。高齢層と若年層の到達効率の差は歴然とあります。

アメリカの若者なんか、そもそもテレビ番組を録画するという行動様式がほとんどありません。彼氏の家に行ったらテレビが置いてあって、「ダサい」と思って別れたと言ってる女の子もおります。w

そのトレンドは、きっと贖うことが出来ないことでもあるでしょう。しかし、コンテンツプロバイダーとしては、テレビ局が視聴者(オーディエンス)をしっかり分析して、今後放送だけでなく、オンラインも含めたコンテンツディストリビューションの最適化を図るという思考を始める時期に来ていると思います。

 しっかり分析してテレビ広告の価値を再発見すれば、実はもっと広告単価を上げられるかもしれないですよね。実際24時間しかないなか在庫を簡単に増やすわけにはいかないですし、全体で持ちGRPを上げる努力もさることながら、オーディエンス分析でターゲット効率の良い枠開発をして価値を上げる努力もされた方がいい。

 私は基本1業種1社のコンサルなので、局さん1社だけならコンサルします。(笑)

デジタルインテリジェンスがベストインクラスプロデューサーズをつくった一番の理由は、「データドリブンなシナリオ設計ができる人材育成、そのスキルセットの確立のため」である。DMP、データサイエンティスト、アドテクノロジー、データドリブン〇〇・・・、そしてデジタルマーケティング、氾濫するワードとどんどん進化するツール、しかし使いこなす人材がいないことは誰の目にも明らかだ。

さて、「データを駆使してマーケティングコミュニケーションをデザインする」という仕事ができる人材はどうやって育成できるのか。

一般的に右脳派側と左脳派側があって、これを融合するという獏とした思考は働く。しかし、データと向き合うことと、「シナリオ設計」するということには大きな文化的隔たりがあって、簡単ではない。
私は統計や数学はもちろん出来た方がいいが、ビジネスとしての実態をいろんな側面から「知っている」「イメージできる」「感覚値をもっている」という要素は「シナリオ設計」には絶対に欠かせないと考える。そうすると、まずはビジネスを理解していて仮説が立てられる人材にデータと向き合う、テクノロジーを使いこなすスキルを身につけてもらうということになりそうだが・・・。(もともと右脳派に「デジタル」「テクノロジー」「データ分析」を勉強してもらうということの方が、逆のアプローチよりまだ可能性を感じるのである。)

 ただいずれにしても文化の差を超えることはどちらからのアプローチにせよ、簡単ではないことである。

 文化とは「思考様式」「行動様式」に現れる。リアルな店頭で購買されている商品のデータを分析しているのにパソコンの中の数字しか見ていなくて、現場(店頭)に行くという思考がない(そもそも思いつかない)となると、これはもう文化の問題で、ちょっとやそっと研修だのなんだのしてもどうにかなるものではない。

 
 

 それと経験値として、マーケティング施策の企画実施経験が全くないと「打ち手」をイメージ出来ない。データを見て「ふ~ん」と感心しているだけでは全く意味がないのであって、「打ち手」を打ってみてのマーケティング活動である。(我々のやるべきことは、データから有効な変数を導き出して「KPI化」すること。そして「施策」と「KPI」をコインの裏表になるように仕掛けることである。)

 また逆に、従来のマスマーケティング(ある意味「経験の勘」の)に慣れていると確立した「パターン」がないとうまく動けない人が多い。「経験と勘」でやって来たのは、プロセスがそれなりに確立していて、その上で「経験値」があったからで、データから文脈を読み出してなんて・・・、初めてやることには脳がついていかない。

 また左脳派分析官のなかにもセンスがある人もいて、これは、僕は人間観察が得意な人、人間(消費者)に興味がある人だと思うのだが、こういう人の中には「マーケティング施策」の経験がなくても、施策の設計者に非常に価値のある「キーワード」や「コンセプト」を提示できる人がいる。

 左脳派側はむりやり「シナリオ設計」者に育てるというよりは、こうしたセンスをもっている人を探す、またはそうした感覚を育てるということが必要だろう。

 いずれにしてもマーケティングの対象となる消費者、「人」の連続的な意識、思考や行動を断片のデータから仮説でつなぎ合わせて、ストーリーにするスキルを育成するには、アナログな実生活環境を体験的な情報として持っていないといけないので、いろんな店舗にいかない人、料理しない人、クルマに乗らない人、街を見て歩かない人、いろんな業態の人と話をしない人・・・ではダメなんじゃないかという、何だか当たり前の結論にしかならない。
 ただ、仕事をしている環境に、「それだったらどこどこ行って〇〇を見てこいよ」と言ってくれる人がいるかどうかはすごく大事だ。おそらくその辺が「育成の場」になりうるかどうかだろうし、いろんな出自から集まって刺激し合い、研鑽し合う場になることも重要だろう。

 新しい「種」が生まれる時は「個体」に起こるものだ。 突然変異としての「新種」人材が生まれたら、そのスキルをある意味「純粋培養」すべく、地頭の良いまっさらな新人にDNAを引き継ぐことがひとつの考え方だとも思う。