ベム: 2009年12月アーカイブ

 以前のブログ「広告業の将来」で書いたこのフレーズにずいぶんレスポンスがあった。広告業界には昔から上記の2種類の人間がいる。ただ彼らの基本的なスキルが時代とあっていた時期は、「使えない奴」とはいえ、まだ存在の価値はあった。しかし従来のマス広告型の広告マンスキルだけでは、クライアントニーズにしっかり対応できない現在、上記2種類の人員をいかに処遇すべきかが問われる。

 まず、仕事と作業の区別がつかないというのは、「作業」に入り込んで「仕事」をしているふりをする、付加価値の低い人員である。「ワーク」と「ルーティンワーク」は全く違う。「仕事」を作り出す能力、つまり局面、局面で、同じ解答がない中で「切り開く」行為が「仕事」である。そうしたことができるから経営者は社員にアルバイトより高い対価を払う。
また広告主側から見ても、前回のエントリーのように、どうすればいいか分からないことを解決してくれるから頼むのであって、分かっていることの作業だけ頼むのは「業者」という。ただ、これは世の中で「業者」と呼ばれる人たちにたいへん失礼で、「業者」と呼ばれても、しっかりしたソリューションを提供する人たちは多い。逆に広告マンは「業者」と呼ばれることにすごく抵抗感をもつ割には、本当の「価値」を提供できている人材は少ない。

広告会社の営業機能のひとつを「アカウントプランナー」と呼ぶことが増えたが、営業のフロントラインにいて、広告プランニングをリードする機能とともに、重要なのは、この仕事はどうやって収入を最大化するかをプランニングする役割だとも言える。通常のマージンモデルかフィー制か、はたまた成功報酬か、リベニューシェアか・・・。広告会社にとっても今の顧客は、「広告」を頼んでいるわけではなく、「ビジネスのソリューション」を頼んでいるのだから、収入モデルは多様になってしかるべきだ。全く同じ価値のものを右から左に移して、大きな付加価値を得ようというのは、今の時代もうずうずうしい話になってしまった。広告マンは自分の「価値」が何か明示しなければならない。もちろん広告は実施してナンボだから、オペレーションは必須事項、ただしそこに「価値」を付け加えることができているかを自問せねばなるまい。プランニング力なのかプロデュース力なのか・・・。

ただ、日本には広告主側にも、アイディアやソフトに価値を認めようとしない人も多すぎる。人のアイディアに正当な対価を払わないものは、最終的には報われない。決して得はしない。

さて、一方で、広告会社のスタッフは、顧客と対峙しないでも済むようにしてはいけない。放っておくとすぐバックヤードに逃げ込んで、「営業」ばかりか「顧客」を批判しては溜飲を下げている「使えないスタッフ」に成り下がる。「広告」は「サービス業」である。広告会社のすべて従業員は顧客とインターフェイスできなければならない。
ということは、半強制的に広告主のもとに直接出向いて「仕事」をせざるを得ない状況をつくることだろう。

 いずれにしても広告会社における「フリーライダー」をどうやって少なくするのか、とにかく手を打っていくしかない。実践あるのみ。

agency.jpgマーケティングが複雑になってきて、広告主もおそらく従来と違って新しい手法やスタイルの広告マーケティングを仕掛けようとすると、誰に何を頼めばいいのか分からないのが実情ではないだろうか。  そもそも代理業というのは、自分でもやろうと思えばできることを面倒くさいから他人に頼むという性格のものである。自社でやると手間がかかるのでアウトソースする。それもいちおうどうやればいいのか分かるが手間がかかるから代理店に頼むというものと、どうすればいいか分からないから頼むというものがある。手間がかかるかかからないかとは別に、広告主がどうやればいいのか分からないものはある意味価値の高いビジネスになる。  広告主がどうやればいいか分かっていて、オペレーションを買っている業務は、サービスとしてコモディティ化しやすいから、ニーズは高くても高付加価値化しない。一方、ニーズの絶対量はないが、ハイエンドなコンサルティングやクリエイティブなど高付加価値のビジネスがある。投じるマーケティングコストが多大にないとこうしたコストはでないから、ニーズそのものは多くはない。しかし従来の広告クリエイティブなどは誰に頼めばいいかは分かっている。  さて、どうすればいいかだけでなく、誰に頼めばいいか、何を頼めばいいかも分からない業務がでてくると、これはこれでビジネスになる。  まず、コンサルとして、プランニングとオペレーションを誰に何を頼めばいいか指南するというサービスがある。次にコンサルティングとプランニングをして、オペレーションを誰に頼めばいいか指南するというサービスがある。    図のようなマトリックスを考えてみた。広告業は今、需要があって付加価値の高いビジネスを開発しなければならない。  そのヒントは広告主が「何を頼めばいいか分からない」というところにある。広告マーケティングが転換期にある今だからこそ、マーケティングコストの大小に関わらず、いろんな広告主で需要があり、かつ付加価値の高いサービスをつくらなければならない。そうしたサービスのいち早い確立(そのうち広告主が分かるようになる前に)ができたサービス提供者には大きなチャンスがある。

 検索サイトIの立ち上げ構想が進む中、Yは96年4月に日本サイトがスタートした。A
通信社の同僚でいっしょに大手ビールメーカーのプロモーションに汗を流した友人が、当時SBP社にいて、Yの広告販売に携わっていた。最初は雑誌の広告営業がネット広告を売り始めていた訳だ。しかしまもなく専売レップC社が立ち上がる。広告の巨人D社とSB社の合弁だ。(何かもう伏字の意味がないな・・・)

一方で私はHN社のネット広告についてI氏の熱い構想を聞かされていた。この後私は実際に3社のクライアントさんにHNのネット広告を販売した。HN社のインターネット広告は、無料プロバイダー会員を募り、プロダイバー料金をタダにする代わりに強制的に広告を見せるしくみであった。独自ブラウザの右端に短冊形の広告スペースが出てくる。当然広告はクリッカブルになっていて、広告主サイトに誘導する。
 ただ、この広告の投下対象者である無料プロバイダー会員は、すべてが自社プロバイダーではなく、提携プロバイダーに金を払って無料化する訳だが、その原資は広告で獲得するモデルだ。つまり広告を獲るためには、対象者がこんなに多いとアピールしなければならないが、そのためにはプロバイダー料を無料化して会員を募らなければならない。このビジネスモデルには確かにディレンマがあった。
 今思うと、彼らがプロバイダー事業をリソースとして自前で持っていて、資金を融資ではなく、直接投資によって行なっていればよかったかもしれない。ただ広告主もしっかりしたサイトを持っている時代ではなかったから、時代は早過ぎた感はぬぐえない。10億近くするようなタンデムのサーバーとか買っちゃうあたりも無茶だった。
 それと、Webメディアの中には、ユーザーが自分のサイトを見に来ているのに、その枠の手前で勝手に広告をとって儲けるのは許さないと言って、この無料プロバイダーからのアクセスを拒否すると言っていたところもあった。
 そういう訳で、96年暮れに立ち上がった画期的なネット広告HSは約1年で倒産してしまう。後にI氏の著書は有名になったが、本に書かれている失敗の理由は必ずしも的を射ていないと思う。
 
さて、話を96年6月に戻す。検索サイトYの販売レップが立ち上がり、対抗勢力をIの販売レップとする構想は急速に進む。

第四回に続く