2011年6月アーカイブ

 デジタルコンサルティングパートナーズのうち8名が執筆者となって、「ポスト3.11のマーケティング」が7月7日に出版されます。

 今回、デジタルコンサルティングパートナーズ主宰として、「まえがき」と第2章を書かせてもらいました。

 各章は下記の内容です。

 ◆脱「自粛」による日本の再構築      岸本 義之

 ◆震災後のメディアとマーケティング    横山 隆治

 ◆逆境に打ち勝つマーケティングイノベーション 田中 義啓

 ◆東日本大震災で明らかになったソーシャルメディアの限界と可能性  徳力 基彦

 ◆ネットの言葉は人をむすぶか ツイッターが紡ぐポスト震災のマーケティング  厚川 欣也

 ◆Do the Right Thing 商品選択は「正しい」に向かう  平塚 元明

 ◆making is connecting 震災後に立ち上がった「メディア」たち  高広 伯彦

 ◆変わるマーケティングの換わらぬ使命  山本 直人

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 ついでに

  まえがき文だけ

 まえがき

 この本の執筆者は、いずれも「デジタルコンサルティングパートナーズ」というデジタルマーケティングに知見をもつコンサルタントのネットワークメンバーである。
 デジタルコンサルティングパートナーズを立ち上げた背景には、日本の企業に未だに「マーケティング思考」がしっかり浸透していないことがあった。例えば、日本には欧米のようなCMO(チーフ・マーケティング・オフィサー)がいる企業がほとんどない。マーケティングと名のつく部門は、企業トータルのマーケティングではなく、縦割りのなかのひとつのラインで、広告やプロモーションを担当するものであることが多い。
そんな土壌にあって、日本でもメディアのデジタル化、ソーシャルメディアの台頭といった環境変化が始まり、改めてマーケティングの意義と重要性を再認識すべきタイミングとなってきた。特に企業の経営トップ層に「デジタル時代のマーケティング」を認識、理解を深めていただくことが大切で、そのためにこれだけのメンバーが集った訳だ。

 そこにこの大震災が起きた。我々にとっては、「震災後の日本に『マーケティング』が果たすことが出来る役割とは何か」という課題を突きつけられた格好だ。
 この緊急出版は、従来のマスマーケティングにも、ソーシャルメディアやデジタルメディア環境にも精通したマーケティングコンサルタントが、ポスト3.11のマーケティングをどうリセットすべきかを提言するものである。
 少なくとも従来の需要喚起型のマーケティングがそのまま通用する環境ではなくなる。新商品をどんどん出して、流通の棚を抑えるために、一定量のテレビCMを打つというスタイルも続けるのは難しいだろう。そもそも消費者のマインドが、需要喚起のための広告コミュニケーションに対して「踊らさている」と感じやすく、そう伝わることは、決して良いコミュニケーションにはならない。
 また節電による新たなライフスタイル、ワークスタイルが始まるものと考えられ、そこに新しい「消費者ニーズ」が顕在化する可能性がある。それには台頭したソーシャルメディアの観測など通じて、新たな「消費者インサイト」の糸口を発見し、仮説を設けた上で、しっかりした定性調査を行なうことが改めて求められる。

震災は、大きな潮流があるにもかかわらず、従来の「しがらみ」で、なかなか改革できなかった様々な業界が前進するための「きっかけ」になったはずだ。
それは、企業にとって「マーケティング」という思考とその機能を再認識して、体制やスキルを再構築するチャンスでもある。
 
デジタルコンサルティングパートナーズ主宰
横山 隆治

 

 震災以来、ツイートを控えていた。このブログもほとんど更新していなくて、日頃読んでいただいていた方には申し訳ないと思う。

 このブログでも、マスメディアを「批判のための批判」、「批判というよりただただ非難する」と断じてきたが、こういう時期には「誰が悪いの」ということ自体、憚るというか、では自分自身は何が出来ているかと問えば、他人のことを非難する資格などないわけだ。
 そう思って、ツイッターでもブログでも何も書かないでいたのだが、ここところメディアと国会で起きていることには、批判どころか本当に脱力する。

 この時期に、曲がりなりにも原子力災害対策特別措置法で総指揮官の立場にある総理を引き摺り下ろそうとする自民党の見識もひどいし、結局は「私怨」から野党の不信任案に乗じる動きをする民主党員もひどい。口では「この非常時とか国難とか」と言いつつだ。
 今はおそらく、従来の政府とか、官僚組織とか、企業とか、既存の組織では対応できないレベルのことが起きている。菅首相の能力うんぬんもあるだろうが、(もちろん今よりはましな対応を見せる誰かはいるのだろうが)それはこの危機に前にしては根本的な解決にはほとんどならないのではないだろうか。
 行政府としては力足らずとはいえ、対応していることは事実。そうしたなかで実際に何をしているか、震災があってから特別な作業をしているかという点では、国会議員とメディアこそ批判されるべきではないかと思う。
 これは私の尊敬するある方のご意見だが、西岡参議院議長は菅首相を批判する前に、立法府の長として、災害対応の法案が議院立法でどんどん提案されないのはおかしいと思わないのか。「議員立法」なんていう言葉があるのは日本くらいで、世界のほとんどの国では法律は国会議員によって立法される。官僚じゃないと法律案をつくれないことが異常だ。
 この非常時でも、官僚がつくらないと法律がつくれない日本の国会議員とはいったい何だろうか。
 そして、政局は常に「私怨」に帰す。またやりかた、つまり電話してきただけとか、せっかく申し入れたのに対応しないとか、行動規範のほとんどが個人的な「好き嫌い」でしかないということだ。

 もうひとつ批判されるべきは、メディアである。記者クラブ体制を維持していて、取材すべき対象に自ら情報を求めに行っている様子がない。東電や政府がちゃんと発表しないのだから、もっと取材したらどうなのだろう。海外メディアからは日本のメディアは批判されているポイントは、ジャーナリズムの根本だ。ウォーターゲートにしたって、大統領のバンキシャと疑惑を取材する記者は全く違う。利害関係に取り込まれないニュートラルな取材活動が自由にできるジャーナリストがどれだけいるのだろうか。今はむしろメディアが、政府なり、何らか実態を隠そうとする勢力の一部と化しているようにさえ見える。

今日のサンデー・フロントラインでの亀井さんの発言は、正論に感じた。改めて、日本の民度が試されていると思うが、日本における「議員」という存在と、国民市民のために批判しているようで実は誰の味方か分からない「メディア」は、最も先に変わるべきだろう。

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