2011年2月アーカイブ

PDCAサイクルは短くすると効率化する。広告も広告メニュー単位ではなく、1配信単位で最適化するとパフォーマンスは良くなる。『最小単位で最適化する』ことと、『継続的なチューニング』が新たなマーケティングのスタイルであるように思う。
 従来の広告キャンペーンは、年度予算を毎年とって、基本年一回やってみて、当該商品の販売実績や市場調査、消費者調査による事前事後データを比較してキャンペーン評価をする。このサイクルが広告主にも広告会社にも染み付いている。
 これがデジタルマーケティング時代ともなると、テクノロジーのおかげで、PDCAのサイクルを早くすることと、最適化の単位を小さくすること、そして継続的にチューニングをし続けることが可能になる。この方が少なからずコストパフォーマンスを改善するのに適した環境となる。マーケティングコストやコミュニケーションコストは出来るだけ抑えて、獲得利益を最大化しろというのは企業にとって当然のミッションだ。マーケティングROIを追求すれば必然的に、イノベーションが可能にした『高周波マーケティング』志向になると思う。

もちろんすべての広告キャンペーンをWeb基点で、すべて高周波にできるわけではない。まだすぐには出来ないが、こうした志向は未来型で、方向性はそう間違っていないように思う。

 「やりながら測定が出来る」ということは「やりながら改善していける」ということだ。逆にいえば、測定するからには改善のアクションに繋がらないと意味はない。「体温を計るだけでは病気は治らない。」

私は、ずっと前から講演で、「送り手主導から受け手主導へ」という大きなパラダイムシフトが起きているという話をしている。ベースにこの環境変化があって、マーケティングコミュニケーションも大きな変化を始めている。
それは、広告メディアや広告表現を送り手が『これがいいだろう』とプランニングして実行して、完了後に検証するというスタイルから、実行プロセスの中に受け手の反応をすぐに取り入れてそれに合わせて可変的にしておくというスタイルになる。これが『オプティマイズ』という概念だ。
Webマーケティングをやっている人たちにはこの思考は自然に感じられるだろう。そもそもマス広告によるコミュニケーション開発と違って、Webでは様々なコンテキスト(文脈)で訪れる見込み客それぞれに『買う理由』を得てもらうことを目指すものだ。個々のアクセスに動的生成で応えることが出来るのがポイントだ。

私が会社に入ったころは、『プロダクトコーン理論』なるものがあって、「ベースに商品のUSP、その上に、それによって消費者が得られるベネフィット、それだけでもダメでその上にエッセンスに集約して尖らせる」というものだった。「尖がったコミュニケーションでないと雑音が多い中でターゲットに刺さらない。」という考え方だ。まさにテレビCMによるコミュニケーション開発の基本的な考え方であったわけだ。しかしWebではコミュニケーションをひとつのエッセンスに尖らせると、それぞれの文脈で訪れる様々なユーザーにはマッチしないですれ違いが起こる。
 言葉の(しかもカタカナ)遊びになっているようで申し訳ないが、(うまく表現できないので)、Webマーケティングでは、『コミュニケーションデザイン』というよりは、『パーセプションデザイン』と言った方が当たっているような気がする。

 受け手主導のマーケティングの中で、最も大きな変化はこの「オプティマイズ(最適化)」という概念が確立してきたことだろう。それを実現するのがテクノロジーだ。

 SEMがそうしたマーケティングスタイルの先鞭をつけたかたちになった。SEOやリスティング広告をはじめ、LPO、EFOなどWebの最適化が定着し、次は当然プッシュするコミュニケーション(広告)にもオプティマイズ志向が進むだろう。リコメンドメールなど配信対象のすべてに個々に最適化されたプッシュも増えるはずだ。

 最適化されたメッセージがプッシュされる仕組みは、本来の広告の機能、つまり潜在化している『関心』を顕在化する機能を発揮できる。しかもそれをレリバンシー(このブランドないし商品カテゴリーは自分に関係があると意識されている)をもつターゲットにフォーカスできる。「検索をする」という合目的的な行動に至る前には非常に多くのレリバンシー状態があると推測できる。ここにプッシュすることが今後最も注目されるマーケティング施策になるのではないだろうか。「リコメンド広告」の考え方だ。これができるとテレビなどのマス広告の効果をもっとドライブできるように思う。(もちろんSEMの効率も押し上げるだろう。)

 この前のエントリーでも書いたが、ネット広告やモバイル広告も今はほとんど広告メニュー単位でやってみて検証するわけだが、これが広告の1配信ごとに最適化される仕組みがその理屈どおりの実力を発揮すれば、当然効率は良くなる。テクノロジーによるイノベーションの成果になる。
 配信対象ごとにメッセージを最適化することに進化することはいいことだ。掲載面の良し悪しを試すことにばかりに勢力を尽くす時代はそろそろ終わり、広告する側のブランド力やクリエイティブ力も評価されるなかで、広告の最適化が目指されるというあるべき姿に近づいたのではないだろうか。
また広告販売側の人の作業は「手売り」でないとできない企画性の高いメディア販売に移行するだろうし、コミュニケーションアイディアの創出そのものにもっとパワーが割ける。
 
* ここで提起している『高周波マーケティング』とは、「PDCAのサイクルを早くすること」、「広告活動の単位を最小化して最適化すること」、「継続的にチューニングすること」も3つの要素からなる。画像は、「広告活動の単位を最小化して最適化すること」の概念をイメージ化したものだ。積分で面積を出すような感じだが、薄い紫色の四角が最適化されるユニットだ。ユニットが小さいほど、全体の最適化は進む。四角が大きいと無駄な部分(水色の部分)が大きくなってしまう。PDCAの対象のユニットを小さくすると、こんなイメージ・・・。

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 「究極のターゲティング」という本を宣伝会議から出したのが2006年だから、もう5年経つ。いわゆる「行動ターゲティング」から、もうひとつの進化系としての「オーディエンスターゲティング」という概念がある。それを支えるのがDSPといわれるプラットフォームだ。
 例のカオスマップを見た方も多いだろうが、DSPだのSSPだのアドネットワークだのアドエクスチャンジだの・・・そんないっぱい関わったら、リベニューの取り分が小さくなることが容易に想像がつく。要はそんな多くのプレイヤーは成り立たない。ただ、いわゆるイールドと呼ばれるSSP側がしっかり確立しないとデマンドサイドプラットフォームだけが成立するということはない。非常に多くの掲載面を供給できないといけないし・・・。

 そもそも、「どこに掲載するかではなく、誰に配信するか」に完全にシフトし、リアルタイムにコストパフォーマンスの良い配信先と掲載面をマッチングして瞬時に配信するということは、複数のメニューを組み合わせては、個々のパフォーマンスを掲載期間終了後に検証しては、良いものを残し、悪いものを替えるという人的作業を繰り返すよりは、はるかに効率的な結果を生む可能性がある。2~3週間程度の掲載期間での広告メニュー単位で最適化するよりも、1配信、1配信ごとに最適化しようとするのだから、結果は良くなるのが当然である。

 ただそれには、ブランドごとに(あるいはキャンペーンごとに)配信先(クッキー)を選定するターゲティング手法が必要で、ここでエージェンシーのスキルが試される。米国のようにオーディエンスデータを売る事業がどれほど確立するかはまだ分からないが、広告主側が持つデータもマージさせて、その時点での最適な配信先をキャッチできる仕組みを持っていなければならない。またクッキーは学習させておかないと使い物にならない。クッキーを学習させておくにも、いろんな考え方があるが・・・。まあこれ以上は企業秘密の部分もあるので・・・。

第三者配信が定着していない日本ではあるが、ノンプレミアムの掲載面のなかで、RTBは一部で始まっている。システムとしてはそんなに難しいものではないが、効率的な配信の絶対量を確保しようとすると、掲載面のインベントリーもさることながら、サーバー容量もかなりの規模が必要だ。瞬時に複雑なやり取りを成立させなければならない。秒間のトランザクション数も半端ではないものになる。
 ネット広告のプランニング&バイイングのオペレーションはかなり替わるのではないだろうか。前述のような作業がなくなって機械化される分、人の作業はより「そもそものターゲティング」や「クリエイティブ」に向くようになるだろう。それはきっといいことだ。

 母方の叔母がオランダに嫁いだので、私にはオランダ人と日本人のハーフの従兄弟がふたりいる。叔母夫婦は、旦那さんがアーリーリタイヤメントしてもう十数年、世界中を旅行していて、私の家にも毎年のように訪れる。熱海の別宅は彼らには格好の日本の拠点で、日本中をめぐっている。お金を本当にセーブした貧乏旅行だが、時間だけは贅沢すぎるほどあって、その楽しみ方も徹底している。自転車を必ず持ってきて、1日に50キロも走破したりして、健康で身体が十分動くうちのリタイヤを謳歌しているのだ。
 さて、よく自分に同じことができるのかなと思うことがある。あれは熟成されたヨーロッパ文化の賜物のようなものだ。ヨーロッパにはサイクリングロードが縦横無尽に整備されている。地中海沿岸の本当に綺麗な風景を観ながら、荷物を次のホテルに先に運んでもらって、自転車でゆっくり次の宿を目指す旅は、リタイヤしたとはいえ健康であるが故の楽しみ方で、実はこれほど贅沢なことはない。
 日本人のリタイヤの仕方は、これからの日本に大きな影響を与えるだろう。人口比率もその資産も従来からすると尋常ではない。定年を迎えて、長年の技術を継承するためにアジアに出向く人もいる。リタイヤ後の自己実現も様々だ。
 ただ会社に迷惑をかけないのが鉄則だ。仕事を続けるのはいいが、自分の資本で、自分のオーナーシップで仕事をするべきだ。 明治の実業家である伊庭貞剛の残した名言に、「事業の進歩発展に最も害するものは、青年の過失ではなくして、老人の跋扈である」というものがある。ただでさえ支える若者が減るのだから、若者に迷惑をかけてはいけない。パラサイト爺さんにならないように、会社員(役員)人生の次をしっかり構想したいものだ。叔母夫婦を見ていると、死ぬまでには絶対こうした贅沢な時間を過ごしたいと思う。

 「2020年・・・批評」でも書いたことだが、メディアのセルサイドからするとアドマーケットプレイスのような仕組みで「どうぞご自由にお買いください」だけで、すべてが成立するということはない。
 メディアが多様化すると、買う方もたいへんだ。あれもこれも組み合わせないと効果がありませんとか代理店に云われても、予算も限られている。本当だったらいろいろ組み合わさなくても一発でOKとなって欲しいもんだ。
 メディアもソリューションのひとつである。よってメディアサイドはソリューションになるようにメディア商品を加工して、「手売り」することは今まで以上に求められる。従来と違うのは効果を測定できるかようになっているかであって、オンラインで直接買えるかどうかではない。もちろんスモールビジネス用にオンライン取引が成長するのは当然だ。リスティング広告がそれを証明した。
 しかし、それにも限度がある。セルサイドが「売りたいもの」を「買う価値」を創って売る行為はなくならないし、むしろメディア自身が今まで以上にそうしないといけなくなるだろう。

 株式売買や航空券の販売が、證券会社や旅行代理店の人的サービスでなく、オンライン取引に移行しているのは理解できる。しかし広告はそれがどんなにスモールサイズであってもB to B であって、B to C ではない。
 しかし代理店の価値は変わる。基本取次ぎ業としての進行管理の価値がほとんどなくなってしまう。昔は重い鉛の凸版を抱えて入稿しないといけなかったし、フィルムをプリントして、(プロダクションはこのCMのプリント代で儲けていた)確実に局に決められた本数を入れないといけなかったから、それなりに進行管理業務の価値があったが、今後は違う。いらないのだから、そういう人員を雇う利益は出ない。
 代理店は広告主とメディアの間にいることで創出できる価値を再構築しないといけない。広告主の事情を理解しているからこそ、メディアをソリューションにする知恵をメディアにも売らないといけない。

 DSPやRTBといったシステムばかりが取り沙汰されるが、こういう理屈を理解した上で上手に使いこなすことが重要だ。「メディアをソリューションにする」技術が前提で、広告主側(ブランド)の情報とターゲットである消費者の情報をしっかり掴んでいるからこそメディアのプランニングができる。結果として、売り物をメディアといっしょに創って売るか、オンラインシステムでバイイングするかはそれほど問題ではない。

 日本のネット広告を全くの黎明期からつくってきたつもりなので、Webマーケティングやデジタルメディアに関して、情報をキャッチアップしたり、実践して自らの知見としてきたが、所詮自分たちだけで出来ることなど知れたもので、若い人たちが次々にこの世界にも登場し、新しいビジネスにトライしていくなかでの情報や知見をキャッチアップするのに精一杯の毎日だ。
 日々これ勉強と、こうした情報もメディアから集め、度々そうしたご本人たちと会話して、得られるものは吸収してきたつもりだ。
 しかし、ここに来て、また一気にツイッターやフェイスブックで、そもそも知見をもつ人たちのネットワークに入ったことで、フィルターの掛かった、私が関心のある領域にフォーカスの当たった情報や見識をどんどん取得出来ていると感じる。

 それはこれまでのビジネスでお付き合いしていただいた方々の知見を共有させてもらっているのだ。とても有難いことで、様々なことを教えていただいた方々と、常にネットワークで繋がっていることの価値を本当に実感する。

 さて、それを考えると、こうした情報や見識をやりとりすることをしていない人たちも多くいて、しかもそれが重要な経営判断をしなければならない人たちだったりする。当然議論をし、現状の認識を共有し、経営判断を促すための情報や考え方を提示したりすることになるのだが、知見量(こんな言葉があるわけではないが、知識量、見識量といった意味であえて使わせてもらうと)にどんどん差がでてきてしまって、議論にならない可能性がある。
 ただでさえ、専門領域での人脈があって、それがソーシャルメディアで常に繋がり、知見の交換、共有をしている人は、どんどん情報を処理し、認識を深め、それを実践に応用し、より知見を深めるサイクルに入っていく。
 一方そうでなく、今までの古い人脈とマスメディアからの情報を頼りにしているだけだと、その差は著しく開いていく。
 
 ネットの世界は、ひとつ自分の持っている情報をネット空間に投げると、多くの人の情報を享受できる仕組みである。ただ、あまり人の顔が見えない時代(あえてインターネット時代と呼ぼう)は、取得することばかりにかまけて、価値を与えることをしてこなかった。しかし、ソーシャルネット時代は、人と人の顔が見えるので、ある意味、自己実現のために価値を与えることがなされる。結果、繋がっている人たちの間で素晴らしい価値の共有が起こる。
 ここでベースになっているのは、「リスペクト」という姿勢だ。考え方が違っていても、自分にない見識をもった人の考えに対して、それを取得でき、「なるほど」と評価できる時、すごく得たものが大きいと感じる。そうした価値を提供してくれた人への「尊敬」と「感謝」の気持ちが、このサイクルを自然と大きくしていくのだと思う。

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