「国民が選択した状況」という変な解説

 参議院選挙によって、与党は参議院では過半数割れをおこし、衆議院でも3分の2まで達しないという本格的な「ねじれ」となった。
 こうした結果をもって、「国民はこうした状況を選択した」ということを言うテレビ解説者がいる。視聴者イコール選挙民(国民)だとして、実に国民におもねった「言い方」である。選挙結果をまるで「神の見えざる手」のごとく、高尚なる国民の「意志」と言いたいのだろうが、本当にそうだろうか。
 実際には比例代表の投票数は民主党の方が200数十万票多い。地方の一人区で大きく負けたとはいえ、全体の得票数では自民党の上をいっている状況を、「与野党しっかり話し合ってやりなさい」という国民の声の表れだというのは、どうにもへんちくりんな考えだ。
 少なくとも、良識ある国民は、今の政治状況が、国策においてスピーディに手を打つことが出来ているとは全く思っていない。官製不況を招いた法律改正(悪)も多く、修正すること、より改革を進めなければならないことばかりだ。
 ふたつの考え方があって、間をとって、足して2で割る政策が、良い結果を得るとは考えにくい。それより、しっかりした理念をもった政策の手を徹底してスピーディに打って、ダメなら次の手を打つことの方が、前進する。
 こうなったら、民主、自民の大連立もありだと思うが、(民主と社民が連立するより、まだ理念は共有できるはず)、こうした政局によって、やるべき政策の手を打てず後手後手に回っている状況を、「国民の選択」と言っているメディアはアンポンタンだ。
 競争社会である今は、日本は各国と競争している。社内でもめてばかりいてしっかり手をうてないので、競合会社に差をつけられている(昔業界1位になりかけたが今は凋落している)会社である。

 こんな状況、国民は期待などしていない。

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