四半世紀前のコンピュータ業界に見る広告会社の行方

 コンピュータがいわゆるメインフレームから徐々にダウンサイジングをし始めた時、当時、主だったコンピュータ会社は、「あんなものは玩具みたいなもの」と云って、金額が大きい大型コンピュータを売りつづけた。その間に、ワークステーションなどの小型コンピュータを扱うサンマイクロシステムなどの新しいプレイヤーが参入し、その後コンピュータの世界を席巻する。
メインフレームシステムでのプログラム言語で育った人たちは、PCそしてITプロトコル、Webという流れに対応できない恐竜としてほぼ絶滅に近い。

 今、広告業界でも同じことが起きている。マス広告を売ることに収斂した職能は、新たな競合勢力に漬け込ませる余地を与えてしまった。そしてなお、サービス領域は周辺領域に広がっている。次々に新しいプレイヤーの参入が、広告ビジネス周辺に起こっている。そして一番肝心なことは、広告会社が周辺だと思っていた領域が、いつのまにかコアになってしまうということだ。

 従来の自分たちのポジションが常に真ん中だと思っていることは極めて危険である。総合広告会社の云う「クロスコミュニケーション」は、まだ本来の自分たちの領域が中心で、新しい周辺領域を加えるという発想である。
 しかし、本当にそれだけで対応できるのだろうか。
今までやってこなかった領域を中核にしたサービスを売るビジネスを用意、育成することも必要なのではないか。

 欧米のメガエージェンシーグループは持株会社として、事業会社を次々に傘下に置き、様々な機能をもつグループとして編成している。こういうスキームであれば、求められる機能が変遷しても、グループとしては時代の変化に対応できる。
 しかし日本ではどうしても本体である事業会社が(もっと云えばそこにいる人が)生き残ることだけ考える。そこに変化への対応力の構造的な差がある。

(G社Y社長との会話からヒントを得て書いたエントリーである。)

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