インターネット媒体は個別のビークルなのか。

 いつも思うのだが、ネット媒体(ヤフーやMSN・・・)を雑誌や新聞のビークル(朝日新聞や週刊ポスト・・・)と同等にビークルとして考えている人が多いが、実態はかなり違う。雑誌は、そのビークルと読者が常に紐付く。ビークルを選ぶことは限りなくユーザーを選ぶことだ。しかしネットでは、掲載面単位で管理することには意味があるが、ビークル単位で管理する意味はあまりない。ヤフーに掲載することに意味があるのではなく、ヤフーの○○という掲載面ないし広告メニューに意味がある。ユーザーから見れば一連のセッションのひとつであり、閲覧しているURLに意味はあるが、送り手がサイトとして括っているURLの集合体には取り立てて意味はない。そこはプリント媒体と違う。はるかにテレビ、ラジオに近い。(番組単位に考えるか、スポットでは局単位よりはエリア単位&GRP単位)

 そこにユーザーのブラウザ別に配信する仕組みがでてきた。アドネットワークがそうであるように、個別のURLを束ねた掲載面ネットワークでは、サイトの概念を超越してしまい、むしろブラウザという配信対象に意味がでてくる。

また欧米のアドネットワークは、広告のバイイングサイドが効果を「測り買い」するモデルとして成立している。「測り売り」ではなくて「測り買い」だ。
 レギュラーで広告による顧客獲得をしている広告主にとって、一定以上のROIで広告出稿を管理するのは当たり前になった。そうしたバイイングサイドの事情に合わせてきたのがアドネットワークである。もうここに至っては媒体をビークル単位に考える意味がない。

 もちろんブランドコミュニケーション広告には掲載面のクオリティが必要であり、広告レスポンスさえあれば、掲載面はどこでも構わないということにはならない。しかしそれはいかに価値ある掲載面であるかであって、サイトのブランドは掲載面に対しては、だんだん間接的な意味しか持たなくなってきた。そうなるとサイトというブランド価値は、広告主にブランデッドコンテンツを提供する価値によりシフトする。媒体としてのブランド価値は掲載面提供よりもコンテンツ提供に作用するだろう。
 掲載面提供モデルはもちろんなくなりはしないが、コンテンツ提供モデルと配信対象提供モデルという両極がネットメディアにとって重要な広告収入モデルになるだろう。

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