2008年1月アーカイブ


 従来のメディアの文化で育ってきた人たちからすると、編集権が受け手側にあるようなネットメディア文化は、受け入れ難いのかもしれない。しかし世の中は確実に、従来のメディアの送り手に大きな変化を要求してくる。
 例えば新聞は、ある意味「どの記事を何段抜きで扱うか」、「見出しをどう打つか」が新聞が新聞たる所以である。それが、記事タイトルが並列され、興味があるものがクリックされる。記事の需要はみごとにはっきりする。

Yahoo! JAPANのIDがOpenIDに対応しました。

OpenIDは、サイトを越えて使用できる「認証システム」で、OpenIDに対応しているサイトならば、どのサイトでも、ひとつのIDでログインできる仕組みです。この「業界人間ベム」も含め、最近では、OpenIDに対応しているブログも増えてきました。

今までもYahoo! JAPANのIDを使ってログイン可能なサイトはいくつかありましたが、公式にOpenIDに対応することによって、OpenIDに対応しているサイトならどのサイトでもYahoo! JAPANのIDを使ってログインすることができます。

世の中様々なサービスがありますが、IDやPasswordの管理というのは結構面倒で、同じIDが取得できれば問題ないのですが、そういうわけにもいきません。新しいサービスが出ても、IDを取得するということが面倒で、登録を躊躇することもちらほらありました。

これまでもLivedoorがOpenIDに対応していたり、OpenIDの公式サイトでももちろんOpenIDを発行することができたのですが、まだまだ利用している人は少ないのかなというのが実感で、これによってOpenIDの利用者が増えると良いなと思います。

また、個人でちょっとしたネットサービスを作る際にも、OpenIDに対応すれば、Yahoo! JAPANのIDを持っているユーザーも利用可能になるとともに、IDやPasswordの管理といったセキュリティへの対応が少し楽になります。ユーザーからしてみても新たに個人情報を入力して登録するという面倒な作業がなくなり、両者ともに利便性が高まります。

そんなわけで、OpenIDというのが今後のネットメディアの広がりにとって結構大きなポイントになるのではないかと考えていて、特に新たに立ち上がるネットサービスの場合、OpenIDに対応しているかどうか、個人的にかなり注目して見ている今日この頃です。


追記
公式ページに書かれてますが、「OpenID2.0の仕様に対応したサイトにしかログインできません」とあるように、OpenID1.0仕様のサイトにはログインできないようです。

IBMのレポートで広告に関わる4つの変化、4つめは「広告インベントリー」、つまり広告枠在庫について・・・。

アドバタイジングインベントリー(広告枠)

『囲い込まれていた広告枠は現在オープンになってきている。スペースを利用可能にすることによって、効率的な差し替えを行っている。結果として半分以上の広告の専門家が、今後5年以内にオープンプラットフォームが30パーセントの広告収入を既存の放送局などから取ると予測している。』

 私ベムが「クロスメディア」というワードを始めて耳にしたのは、米国のインターネット広告協議会(IAB)(現在はインタラクティブ広告協議会)が2000年から始めたXMOS(クロスメディア・オプティマイゼーション・スタディ)の時である。(既に90年代からアメリカでは使われえていたワードだ。)
 これは基本的に「マスキャンペーンにネット広告をどの程度配分すると、目標とするマーケティング指標を最適化できるか」というコスト配分の最適化というもので、この調査で得たデータは、ブランドのベンチマークとして活用が可能だ。

IBMのレポート「我々の知っている広告の終わり」ので、広告のビジネス環境にかかわる4つの変化として取り上げられている「アテンション」、「クリエイティビティ」、「メジャーメント」、「広告インベントリー」。

今日は「メジャーメント」の部分だ。


 「アドテクノロジー」とはいったいどういうものか、その実態が認識できているマネージメント層はトラディショナルな広告会社にはほとんどいないように思う。

 テクノロジーといってもナノテクノロジーとかではないので、基本IT、特にインターネットの配信技術や、ブラウザをユーザーインターフェイスにしたオペレーション技術である。従来ネット広告をはじめとするアドサーバー技術など、主にメディアやアドネットワークを運営するメディアレップが駆使するものなので、日本ではエージェンシーが自らアドテクノロジーを使うという意識が今まであまりなかった。しかし欧米ではクライアントがアドテクノロジーを使う。当然エージェンシーがしっかり使えなければクライアントサービスができない。その実態を知って、急に「テクノロジー」と言い出したが、いずれにしてもITリテラシーが乏しい人にはこの実態が何かを想像することができない。

IBMのレポート「我々の知っている広告の終わり」の前段で、広告のビジネス環境にかかわる4つの変化として取り上げられている「アテンション」、「クリエイティビティ」、「メジャーメント」、「広告インベントリー」のうち、今回は「クリエイティビティ」の部分を訳して解説してみる。

 最近は、「コンテンツ」というワードがどこへ行っても聴かれるようになった。(かく云う私ベムも連呼している。)従来「ソフト」と呼んでいた概念のなかでも、もともと特定の器(メディア)があって、そこに入れる「内容」というニュアンスが強いのが「コンテンツ」という言い方だ。

 番組など制作サイドでは、自分たちの造っているのは「ソフト」であるということをいう人が結構いる。「ソフト」と「コンテンツ」。確かに何故「ソフト」といわずにわざわざ「コンテンツ」というようになったかを考えてみると、メディアが多様化して、いろいろなビークルが出現したが、皆中身に乏しい状況を踏まえて、「コンテンツが足りない」という状況を反映し、普及したワードかと思う。

 昨年IBMが2400人以上の消費者と80人以上の広告の専門家を対象とする国際調査を行なって出したレポート「The End of Advertising we know it」はじっくり読めば読むほど内容がある。広告ビジネスが極めて近い将来直面する環境が理解できるたいへん重要なドキュメントだ。

 まず、広告のビジネス環境にかかわる4つの変化として、
「アテンション」、「クリエイティビティ」「メジャーメント」「広告インベントリー」をあげている。


昨年のアドテクノロジーM&A合戦の中で、広告業界内の話でもあり、ダブルクリックやaQuantive に比べれば話題にはならなかったが、ピュブリシスのDIGITAS買収には注目をしていた。つまりピュブリシスグループはメガエージェンシーグループのなかでも特にインタラクティブを戦略的に、成長ドライバーにしようとしている感がある。そこへ今回のグーグルとの「デジタル広告分野での協力を深める」との提携発表である。

 日本という社会は、本当に長年の官僚支配が進んでいて、役人が自らの利益のために原理原則に馴染まないルールと運用を勝手につくって押し通してきた。
 そもそも一番おかしいと思うのが、公共性の高い団体(独法や省庁の外郭団体など)がその財務内容をディスクローズしないことだ。民間企業でさえ、上場すればほとんどの内容を開示する。国民の税金で成立している公共団体は、上場企業より内容の開示義務があるというのが、世の中の原理原則である。しかるに役人だから開示しないことを違法ということにはしない。


 大相撲が、一連の朝青龍騒動でまた話題になり、NHKの視聴率も上がっている。メディアがこぞって取り上げるから、当然皆に意識され、負けるのを見たい人がたくさんテレビ桟敷に戻ってきたようだ。相撲だけでなく、(相撲をスポーツというのには抵抗があるが・・・。)スポーツ全般の対戦は、一方に感情移入できるかどうかで、のめりこみ方が全く違う。今回はアンチ朝青龍という感情移入が、興奮を生む原動力だ。

 1985年、イタリアのローマ市内スペイン広場に、マクドナルドが出店しようとした際、
これを阻止しようと、地元住民と左翼系団体が運動をおこした。これをきっかけにして、
「アルチゴーラ・スローフード協議会」なる組織ができ、今の「スローフード」思想ができた。

 グリム童話で有名なグリム兄弟のお兄さんの方の、ヤーコブ・グリムは言語学者でもあって、「グリムの法則」という言語学上の大発見をしている。
 どんな法則かというと・・・

アドサーバですが、インターネット広告を配信・表示しているサーバと思っている方が多いかもしれませんが、実はそうではありません。もちろん単純に広告を配信しているだけのサーバもあるかもしれませんが、アドサーバがアドサーバたる理由はもっと別のところにあります。

アドサーバとは、すなわち広告の配信を管理・コントロールしているサーバです。


 IABが実施したXMOS(クロスメディア・オプティマイゼーション・スタディ)は、ネット広告をマスキャンペーンに組み込む際に、それぞれのマーケティング目標を最適化するために、ネットの配分比をどの程度にすべきかを算出しようというものだった。


 トラック競技が左廻りなのは、そもそも人間は左側に回る方が自然だからだが、その理由には釈然としないものばかりだった。「心臓が左側だから」などは理由になっているようには思えない。一番それらしいのは、左目の方が空間認識しやすいからだというもの。人間の両目で見る映像は、脳で認識するときには左右が交差しており、左目で見たものは右脳で認識される。もともと右脳の方に空間認識(イメージ認識)の役割があるので、左側に回っていく方が心理的に安心だからというものだ。

確かに利き足は人によって違うので、物理的には必ずしも左廻りがいい理由は乏しい。心理的に左廻りが自然であることは、以外と知られている。例えば、ディズニーランドでは、楽しさを醸成し、ほのぼのとした感じの「イッツ・ア・スモールワールド」では左廻りだが、心理的に不自然なのを利用して、恐怖感を醸成する「ホーンテッド・マンション」や「カリブの海賊」は右周りだ。

 通常メリーゴーランドは左廻りなのは、経験的に心理的状況が理解されているからだろう。

 昔からTV広告のデメリットは、リーチはあってもターゲティングが効きにくいことだといわれる。しかし本当のデメリットは、「見込み客」にもそうでない人と同じ15秒のメッセージしか届かないことだと思う。
 興味をもって、購買行動を起こす可能性が高くなっている人に、基本的にアウァネス(気づき)を主目的とするコミュニケーションだけで、購買決定のための次のステップのメッセージが送れないのが最大の問題だ。


 ネット広告の世界にも、ユーザー主導の流れがある。Flashを使ったいわゆるリッチメディア広告も、プッシュ型のフローティングアドなどより、オンマウスでエクスパンドしてインタラクションや動画が出てくる方が、ユーザーに好まれているようで、米国では実際にそうしたクリエイティブの配信量が増えている。

 インターネットとテレビを比較する時に、メディアの性格で一番対照的に捉えられるのが、ネットがプル型メディア、テレビがプッシュ型のメディアだということだ。
 メディアのプッシュ性、プル性についてはあまり突っ込んだ議論がなされていないが、メディア接触者が情報にアクティブ(能動的)か、パッシブ(受動的)かによって、各メディアの役割やメッセージ内容を判断する尺度になる。もともとメディアには情報深度の特性があり、アウェアネス(気付き)に強いメディア、会話のメディアとして理解を促進するもの、ブランド体験させるメディア、「自分に向けている」と感じさせるパーソナルなメディアと主に4つにディメンジョン構造に分けられる。


 イギリスもののテレビドラマはアメリカとは全く違う独特の雰囲気をもっている。代表選手は「サンダーバード」や「キャプテンスカーレット」などの特撮モノ。人形劇のサンダーバードだが、特撮部分はリアルで迫力があって、そこで実写のドラマにしたのが「謎の円盤UFO」(原題は「UFO」)。
 
 サンダーバードのプロダクションがつくった割には、イギリスのテレビドラマの重苦しいムードたっぷりで面白かった。暗く重苦しいということでは、パトリック・マクグーハン主演の「プリズナーNo.6」というドラマがあって、UFOもこの延長線上にある。
 インターセプターという攻撃機がでてきて、意外と簡単にUFOを撃墜する。オープニングでナポレオンソロのロバート・ヴォーンの吹き替えをやった矢島正明氏の「ムーンベースは月面基地・・・」のナレーションが印象的だった。

 DVDボックスが出ているくらいだから、隠れたファンが結構いると思う。


 従来の広告コミュニケーション開発は、基本的に広告主にある「思い」を起点にしてつくることになる。USP(Unique Selling Proposition:製品の差別的優位性の訴求)をメッセージにする「広告を打てば売れた時代」は、もうずいぶん昔のことであるが、作り手の「思い」でメッセージ開発して欲しいのは人情ではある。

最近動画サイトといえば、ニコニコ動画があまりにも有名ですが、その他にも2008年話題になりそうな動画サイトはいろいろあります。

まずは、youku (http://www.youku.com/)という動画投稿サイト。
サイトを見てわかるとおり中国の動画投稿サイトです。先日も1日の動画視聴数が1億回を突破したことでも話題になりました。GoogleがYouTubeを買収したときのYouTubeの1日の動画視聴数が約1億回だったことを考えると、そのすごさがわかります。
ただ課題があるとすれば、著作権侵害していると思われる動画が多数あること。さすがにアダルト動画はありませんが、日本からのドラマ、アニメ、映画なども多数公開されてしまっていることです。このあたりの対応について今後気になるところです。

次に、zoome (http://www.zoome.jp/)
アッカネットワークスが提供している動画サイトです。単純に動画投稿サイトというよりは、よりSNS的なコミュニティに近いサービスとなっています。意外と提供開始は古く2007年1月30日と約1年前から提供開始をしています。
こちらを注目している理由としては、他の投稿動画サイトと同じようにFlashを利用している点は一緒ですが、その中でもFlash9で採用された「H.264」の動画圧縮規格にいち早く対応したこと。「H.264」とは、ワンセグやBlu-ray Disc、HD DVDにも採用されている規格で、小さな容量でより高画質が見込めます。そのためzoomeは、他の動画投稿サイトよりも高画質な動画を見ることが可能となっています。これまで動画投稿サイトで最も高画質といわれていたDivXのStage6に十分匹敵する画質となっています。

そんなわけで、2008年まだまだ動画サイトからは目が離せない年になりそうです。

*上記の内容は、ベロ個人的な視点であり、著作権侵害を促す内容ではありません。

 インターネットの黎明期には、バナー広告へのクリック率は1~2%はざらにあった。企業の情報システム管理者向けにUNIX配信などすると、15%以上あったこともある。その後リッチメディアが登場し、再度CTRを上げる効果を生んだが、またしてもCTRそのものはネット広告全量において、落ちてきたと云える。これはある意味オンラインユーザーが成熟すると仕方ないことである。ただの閲覧行為がほとんどだった時代から、自ら情報発信していくようなメディア接触態度、行動へ進化している。またパーソナライズ志向も深化している。だからCTRが落ちたからと云ってネット広告そのものの効果も落ちているとは云えない。

 (日経1面の記事から)
 電通が中国の広告会社大手、分衆伝媒(フォーカスメディア)とインターネット広告事業の合弁会社を設立するという。
 中国は検索サイトもグーグルやヤフーではなく、百度(バイドゥ)がナンバーワンであったり、中国独自のネット文化が色濃く形成されている国だ。しかも今年ネットユーザーが米国を抜き、世界一になる。
 中国では、現地の有力広告会社ないしメディア会社とのパートナーシップが欠かせないだろうし、ネット広告事業にフォーカスした合弁会社設立は、戦略性が高い。


 もしヒラリー・クリントンが大統領になると、ブッシュ親子で計12年、クリントン夫妻で最低12年、つまり2つのファミリーが24年間以上アメリカのトップに君臨することになる。この話はメディアでもよく取り上げられる。かつてはケネディ家に対しても一族への期待はたいへんなものがあった。

 王室や皇室などは当然ありえない近代民主国家アメリカだが、かえってアメリカ人は王族のようなものに憧れというか羨望のようなものが心理のどこかにあるような気がする。英国王家、ダイアナ妃などへの極めて高い関心も、アメリカにないものへのそれなのかと、またクリントンを選ぼうとするアメリカを見て思う今日このごろである。

 「ベストヒットUSA」がBS朝日の制作番組として復活している。私ベムも深夜地上波で見ることがある。ついこの前は「タイムマシーンスペシャル」と題して、ボブ・ディラン、ジミヘン、ツェッペリンなどの懐かしい映像が楽しめた。ジミヘンはウッドストックでの演奏だ。

 今や日本の経済成長を支えているのが、輸出や対外投資で海外市場での利益を取り込むことができるグローバル企業群であることが明解になってきている。製造業の生産性は高いが、サービス業の国際競争力がないというのは、言い換えれば海外に行けないドメスティックな産業に成長力がないということだ。
 東京株式市場の上場企業でもROEの高い企業は、ことごとく海外市場を相手にできる企業ばかりだ。上場している広告会社のROEは上場企業平均をはるかに下回る。

最近良く考えるのだが、「ブランディング」とは何かを考えたとき、これを「マーケティングの時間軸を長期にとった場合のROIの最適化」とはっきり言ってしまうことができると、短期のROI追求で鍛えられた者が、ブランディングコミュニケーションを勉強してアプローチする道筋があるのではないかと思うようになった。

 最近、テレビを観ていても、よく聴くフレーズで「感動して鳥肌が立った・・・」というように使っている「鳥肌が立つ」。日本語も使い方が変遷する例は、枚挙にいとまがないものの、このフレーズは急激にいい意味に取り違われている。おそらく10年前には、本来の「恐怖で鳥肌が立つ思いがした。」とか「気持ち悪くて鳥肌が立った。」とかにしか使わなかったと思う。それがここに来て、「感動で鳥肌が立つ。」というような感動して興奮した状況を表す言葉になった。


 青山学院の小林保彦教授が、広告の発展、向上に広く貢献した業績ならびに活動に
対して贈られる賞:「東京広告協会 白川忍賞」を受賞されることになった。ご同慶の至りである。
私ベムは青学でも英文科だったので、大学で直接ご教授いただいたことはないが、会社に入ってから、(今から20年近く前だが、)当時「アカウントプランナーという職能をどう位置づけて、その機能を誰が担うか」をテーマに、社内勉強会を実施したときにご指導を賜ったことがある。

ベムさんが、アドサーバについて触れていましたが、僕のほうでも改めてアドサーバの話でも。

アドサーバとは、もちろん広告を配信するためのサーバのこと。インターネット広告のビジネスをする上で最も基本的なテクノロジーです。ですが、意外と業界でアドサーバについて触れられることは少なく、行動ターゲティングや動画について話をしてよと言われることはあっても、アドサーバについて話をしてよと言われることはめったにありません。

決して表に出る技術でないだけに、陰に隠れがちなのは仕方ないですが、行動ターゲティングや動画、そしてアドネットワーク、アドマーケットプレイスにしても、アドサーバはその中でも最も中核のテクノロジーとなってきます。そしてそのアドサーバは様々な機能のもと成り立っています。

そのようなわけで、アドサーバについて勝手に触れていきます。

特に新しくネットメディアを立ち上げて、広告ビジネスをおこなおうとする方々にはぜひアドサーバのことを知ってもらって、良いアドサーバを利用してもらいたいところです。

さて、アドサーバの基本的な情報については割愛して・・・
基本的な情報については、横山隆治氏がまとめたこの内容が参考になると思います。

基本的な機能としては上記のような感じですが、インターネット広告が登場して10年以上が経ち、アドサーバというものも着実に進化しています。

続く

 私ベムは静岡の出身だが、地元なので「富士川」のことを「フジカワ」と正しく発音するが、知らない人の多くが、「フジガワ」と「カワ」を濁音で読む。日本語にはできるだけ濁音を避けるようにする感覚があって、特に濁音が続くことを嫌う。これはひとつの美学であって、きれいな日本語にならないからだ。「フジザン」と言わないように「フジガワ」と言わず「フジカワ」と言う。
 「フジガワ」と読む人が多いのは、本来の日本語的読み感覚がなくなってきつつあることを意味する。音声学的に云って、言葉にはそれぞれに好みの音感が存在する。日本語は清音を大事にする文化である。

次世代広告マンになるために、こんな古いマーケティング理論の話かと怒られそうだが、こういう基本的な戦略論(行動を決定する指標)は憶えて置いても損はない。

クープマンの目標値とは市場を的確に把握し、戦略を立案するために、マーケットシェアには意味のあるポイントがあるというやつである。

 小学校のころに映画館に「恐竜100万年」という特撮映画を観にいったことがある。
原始人がいたころにまだ恐竜が生きていた訳がないのだが、そこは映画だから、人間と
恐竜が戦う設定になっている。

 この映画はレイ・ハリーハウゼンという監督が、「ダイナミック方式」と呼ばれる特撮手法で、恐竜の動きを作っていて、このほかにも「SF巨大生物の島」や「シンドバッド七回目の航海」とかをつくっている。長年、この映画のDVDが出ないかなと思っていたら、最近ハリーハウゼンDVDボックスが発売された。


 昨年、ダブルクリックがグーグルに買収されることになって、それに対応するかのようにWPPが24/7を買った。ダブルクリック社のDFA(DART For Advertisers)は、バイイングサイドつまり広告主サイドが使う第三者配信サーバーである。これを早期から一番使っていたのはIBMで、世界各国でマインドシェアがDFAを使って広告配信をしていた。(今はNEOかな?)おそらくダブルクリックがグーグルに買収されることで、WPPが脅威を感じたとしてもおかしくない。もっともそれだけで買収を決められる金額ではないので、24/7自体のアドネットワークとしての価値を最も評価したのは云うまでもない。

 ただ、こうしたアドネットワークという媒体とアドテクノロジーとしての配信サーバーを広告業界が取り込もうとするのには意味がある。


 e-マーケターに掲載されたG・ラムジー氏の論文「3 Hidden Trends」から、ふたつ目のテーマについて。


 インターネットがマーケティングのハブになってくることと、メディアプランのメジャーメント(測定指標として)活用できるとしている。

 横山隆治氏の「インターネット広告革命」にも、①ネット広告の表現力革命、②ターゲティング革命、③メディアプランニング革命、の3つの革命的な事象として書かれている。ネットでの指標をもとにネット以外のメディアを含めたトータルのキャンペーンメディアプランニングの効果を把握していくというものだ。
 
 さて、ネットがマーケティングの中核というかハブになるという概念を十分理解できることが、次世代広告マンの大前提だ。現状の総合広告会社の経営陣にはまだこれが理解できないようだ。トータルキャンペーンのひとつにインタラクティブ領域があるという認識しかできない。構造的な問題なのだが・・・。欧米のインタラクティブエージェンシーがコアであるインタラクティブを抑えることで、マスメディアのバイイングも奪取し始めていることを良く考えるべきだ。

  その昔、NHKで夕方やっていた「タイムトラベラー」はもちろん原作筒井康隆氏の「時をかける少女」。毎回、冒頭部分で今は亡きジェットストリームの城達也さんが顔出ししないで世界各地でおきた超常現象を語るシーンが印象的だった。洋館の中とおぼしき大きな観音開きのドアがきしんだ音とともに開き、あの渋い城達也さんのナレーションで始まるのが、SFドラマでもXファイル的な少しオドロオドロしい雰囲気を醸し出す効果を担っていた。


 JAAA(日本広告業協会)の第34回海外広告研修団レポートがJAAAレポートの臨時増刊号として発行されている。(かく云う私ベムもかつて(93年に)このJAAA海外研修団に参加している。)今回は米国のインタラクティブエージェンシーを訪問してのレポートがメインでたいへん参考になる。
 
 アベニュー・エー・レイザーフィッシュ社、R/GA社、デジタス社の今たいへん勢いのあるインタラクティブエージェンシーの雄3社の訪問レポートだ。是非ご一読されることをお薦めする。

 いずれもキーワードとなるのは、「クリエイティブとテクノロジーの融合」だ。

 ところで、日本の広告会社経営者で、クリエイティブはともかく「アドテクノロジー」の実態が分かっている人はいるだろうか。情報産業でありながら、広告業界はITリテラシーに乏しい人の集まりである。意外にITによるビジネス革命とは縁遠いところにいた。

自分たちにとって戦略的なアドテクノロジーとは何か、これを理解、認識できる経営者がいるかどうか広告会社の試金石となるだろう。

このような業界にいる以上、日々の情報収集というのは仕事・プライベートに関わらず非常に大きな要素となっています。

情報収集の仕方というのも、細かく見ていくと人によって結構違うもので、ここではベロの場合を紹介します。他の方々は日々どのように情報収集しているのか気にもなるので、このように情報収集しているよ、こうするともっと効率良いよ。というのがありましたら、ぜひ教えてもらえると嬉しいです。


改正放送法のことは先日も触れたが、そもそも日本の放送行政は占領下のGHQの政策から始まる。戦時中大本営発表というかたちでラジオ放送を国家権力が独占して、真実を伝えなかった反省から、VHF帯というもっとも経済効率の良い周波数帯域を民間放送局に分け与えることになった。民間メディアを育成し、国家権力の牽制勢力として育成保護しようというのはアメリカの占領政策の一環であった。
こうした歴史的背景をもった放送行政で、日本のテレビ局は免許事業として、新規参入の極めて少ない最後の護送船団といわれるようになった。

そしてこのテレビに分け与えている周波数帯域が生み出している放送業界の市場と雇用(NHKを加えても2兆7000億程度、3万人に満たない雇用)は、その経済効果を考えると実にもったいないということを旧郵政省の優秀な役人たちは気づいた。周波数行政つまり周波数の配分を適正化することで新たな価値と経済効果(市場と雇用)を生むということである。

一番効果的だったのが、移動体通信に周波数を配分したことで、今や周辺市場を加えれば10兆円を超える市場と、おそらく10万人単位の雇用を生んでいるはずだ。これに意を得た周波数行政担当者たちは、デジタル化での周波数再配分による経済効果を最大化することを考えている。

既存の利権をもった一部の人たちだけが利益を得るということはできない時代になるが、こういう変革期にこそ新しいビジネスモデルで大成功する者も必ずでてくる訳だ。


「インターネット広告のひみつ」でも取り上げていたが、e-マーケターに「3 Hidden Trends in 2008」と題された論文が載っている。

 「3つの隠れた潮流」ということだが、良く読むと決して隠れているわけではない現象だと理解できる。
 3つのトレンドのひとつ目に「メディアの断片化」を指摘しているが、一方でアドネットワークの膨大なリーチが、細かなターゲティングをしても一定以上の絶対量に投下できるようになったことを、新たな流れと見ている。

 実はアメリカではユニークユーザー数でランキングすると、上位4つはアドネットワークだ。5位にヤフーで、6位グーグルとなる。アドネットワークが発達しているのは、欧米ではバイイングサイドの論理で、ネット広告スペースを買う仕組みが進んでいるからでもある。特に第三者配信サーバーの利用と行動ターゲティング技術の進化によって、広告主のWebサイトとの関連から広告配信ブラウザを特定する考え方が定着した。例えば、オーディエンス・リード・バックのような広告主サイトの訪問履歴のあるブラウザを特定して広告を打つような仕組みが市民権を得ている。

 こうなってくると、主導権は全く広告主つまり広告のバイイングサイドにある。掲載面にはあまり意味はなく、ブラウザが対象になる。しかしこうしたバイイングサイド主導の広告投下にはアドネットワークの存在が条件になる。膨大なリーチを集めてあるからこそ、広告主主導の様々なターゲティング、セグメントに耐えうる。

 つまり、行動ターゲティングはターゲティングメールのように広告を配信するブラウザを特定して広告配信するので、そもそもそれだけのデータベース(ブラウザベース)のある巨大アドネットワークがないと力を発揮できないのだ。

 今こそ日本でも本格的なアドネットワークの成長を期待している。


 とりあえず長い臨時国会が終わるということで、福田総理が記者会見をしていた。ガソリンの暫定税率に関しての記者の質問に、「アメリカはともかく日本のガソリン価格はヨーロッパと比べて、決して高くない。環境対策が叫ばれるなかで、むやみに安価にしてガソリン消費を促すのはどうか」と発言した。

 こういう質疑応答での即興的な発言だとしても、この人は思慮が足りない。揮発油税は道路建設の目的税だ。ガソリン価格をむやみに安くしないほうがいいという発想自体はないではないが、だったら徴収した税を環境対策に使えばいい。道路をもっとつくるということはCO2をもっと撒き散らすということだろう。記者も突っ込まなくてだらしがないが、こんなトンチンカンなことをいう人の首相としての寿命は短いんじゃないだろうか。

次世代対応の広告マンスキルを養成するためのギブスです。
特にネット広告会社の皆さんに、まずはマス広告系のメディアとコミュニケーションの理論や実際についてコメントしてみます。

ギブス①は、フリークエンシーに関する理論について

 TVを中心に「広告の有効頻度(有効フリークエンシー)については、様々な議論がされて来た。マス広告がたいへん機能していた60年代、70年代に確立した「有効頻度論」にいわゆる「スリーヒット」論などがでてくる。

まず、66年にColin McDonaldが「継続的に購入が繰り返される商品の場合、広告を1回露出された場合より、2回露出されたほうがブランドスイッチは多い。」ということを実証した。

72年にはKrugman が「3回目の広告露出が重要で、4回目以降は変わらない。」という3回の広告接触頻度に重要な意味があるという説を打ち出した。一回目:興味、2回目:商品の認識、3回目:(思い出し)購入を決断という考え方である。これを追認するかたちで79年にNaplesが「1購買サイクルまたは4週間以内に3回の広告接触が最適」という有効フリークエンシー論を確立する。

 このころはマスマーケティングの黄金時代だったので、広告論も実にシンプルかつプリミティブな感じだった。これが90年代になるとアメリカも大きなResession(不況)に見舞われるなか、消費者の心理も変わっていき、広告の有効頻度論も様変わりする。

 まず91年にJohn Phillipe Jones が広告接触と購入量に関する調査結果から「最も至近に接触した広告が、購買効果に影響を与える」という学説を発表する。78の調査対象商品中、70%以上の商品で購入者がその直前1週間以内に当該広告に接触していた。(「When Ads Work , 1995」)

 この後、Erwin Epshron がJones の研究を支持して、Recency Planning を提唱する。

 いわく・・・
・商品の購入が複数回接触する広告に説得されてなされる例は、成熟市場においては希である。
・むしろ、既に購買を予定している人が、最も至近に接触した広告に対して反応すると考える方が自然。
・商品の購入は毎日行われるチャンスがあり、また見込顧客をマスメディアで狙い撃ちすることは困難。

 「広告はそもそも、その広告内容に関心がある人にとってのみ有効であり、故に短期的効果が中心である。また毎日購買が行われるチャンスがあるとすればリーチを重視し、1週間単位でプランニングし、より長く(多くの週に)継続して出稿するのが良い」という考え方に至っている。

 こうしたリーセンシー=近接、至近という意味、リーセンシー理論が成熟市場における広告の有効フリークエンシー論に大きな影響を与えることとなる。


 私ベムが小学校のころ、地元の市民会館に日本プロレスの興行が来て観戦にいったことがある。会場は通常の舞台と客席という市民会館で、リングは舞台にセッティングされていて、その周りにパイプ椅子のリングサイド席、あとは常設の客席というまぬけな会場だった。
 たしかミル・マスカラスと大木金太郎がメインイベントで、マスカラスがフライング・クロスチョップで勝ったと思う。ただそれは子供の目にもプロレスが演技であることがよく分かる代物だった。テレビで観るプロレスとの違いに、半分がっかりした記憶がある。ライブとテレビの違いもあるし、テレビ中継されない試合はこんなもんかなと思った。

 その後、中学生になったころ、父親が当時まだ家庭用にはほとんど普及していなかったオープンリールのビデオテープレコーダーを買ってきてテレビ番組を録画するようになった。それで主に私が撮っていたのがプロレス中継で、そのなかで一番気に入っていたのが、「国際プロレス」というマイナー団体が起死回生で招聘した「カール・ゴッチ、ビル・ロビンソン、アンドレ・ザ・ジャイアント」の三つ巴戦の放送だった。当時まだアンドレ・ザ・ジャイアントはモンスター・ロシモフというリングネームで、(フランス人なのになんでロシア人名にしてたんだろう?)2m23cm、230kgというふれこみは偽りではなく、まさに化けモノだった。
 で、このシリーズで最高の一戦が、カール・ゴッチ対モンスター・ロシモフ。何とカール・ゴッチは230kgをジャーマン・スープレックス・ホールドで完璧にフォールした。しかし直前にレフリーが場外にすっ飛ばされていて、5秒以上フォールしていたのにカウントされないという、これぞプロレスというシナリオで、結局どさくさでカール・ゴッチは巨体にフォールされて負けてしまった。
 この試合をたまたまビデオで録画していたのだが、クラスメートと何度も観ては楽しんだ。何度も観るから画質がどんどん落ちていったのを覚えている。

 カール・ゴッチもアンドレ・ザ・ジャイアントも既に亡くなってしまったが、両方ともプロレス史に残るビッグネームだ。「国際プロレス」はテレビ放送が常時あった団体ではない。この外人招聘シリーズしか記憶にないが、プロレス中継のなかで最も印象深かった放送だった。


ご存知の方も多いと思うが、昔から広告屋とメディアをめぐる力関係を、三竦(すく)み、ならぬ「五竦み一巡り」として語られている。
 いわく、「広告屋は広告主企業に頭が上がらず、企業は役所に頭が上がらず、役人は政治家に頭が上がらず、政治家はメディアを怖がり、メディアは広告代理店に頭が上がらない。」というものだ。電通さんはともかく、力のない代理店がメディアからそんなに畏敬の念をもたれているとは思わないが、広告会社としては、販売するメディアのクオリティについて十分吟味できる(評価する)能力が求められることは言うまでもない。
 またある意味メディアの牽制勢力としての責任もあるといっていい。

 だからこそ広告に携わる人間は、メディアを評価、評論する能力がないといけない。良いもの、悪いものをしっかり見分けて、良質なコンテンツを消費者に届ける役割の一端を担わなければならない。特にテレビなどのマスメディアをしっかり批評し、その考えを発信することには広告系ブロガーのひとつの役割かと思う。


改正放送法では、デジタル化投資負荷に耐えられない地方局救済の目的もあって、いわゆる「マスメディア集中排除原則」を緩和して、持ち株会社制を認め、複数の子会社に最大100%まで出資することができるようにする。しかしこの放送子会社の数に制限を設ける。今日の日経1面のこの記事をどう受け止めるかだが、ローカルに関しては実質5局しか傘下に入れられないとなると大規模な再編が始まることになる。

 面白いのは、東京キー局はエリアが7都県に及ぶので7局分扱い。大阪の準キー局は5局、名古屋は3局扱いとして、最大12局という制限になることだ。官僚も運用ルールをいろいろ考えるものだ。これに衛星局も入れようとすると、またその分ローカル地上波局は減る訳だ。いずれにしても系列局全部を持ち株傘下に入れることは到底できない。日経には地方局救済となっているが、東京キー局持ち株、大阪、名古屋準キー局持ち株と、持ち株自体にもあまり体力のない資本ができることも有り得る。しかしそれでも現在の地方局の数は全部収容できないので、当然統廃合を含めた再編が起こることになる。そしてこのローカル局再編がテレビ及び広告業界に大きなインパクトを与えるだろう。

 総務省としてはソフトランディングにするための放送法改正ではあるが、資本系列の新聞社も含めメディア産業の再編は始まった。


 昔、東京12チャンネル(現テレビ東京)で「三菱ダイヤモンドサッカー」という番組があった。海外(ヨーロッパ)のサッカーを観ることのできるのは唯一この番組で、ドイツのブンデスリーガや、イングランドリーグ(当時はプレミアリーグって言ったかな?福田総理みたい)の当時の日本リーグとは次元の違うサッカーを堪能できたものだ。印象的だったのはグランドが絨毯のようにキレイだということ。今でこそ国立競技場の芝は最高水準だが、当時はひどかった。
 実況の金子アナウンサーと解説岡野俊一郎さんのコンビは、このふたりでなければサッカーの実況は観れないくらいの定番中の定番だった。

 おかげで、英国やドイツのサッカー選手が大好きになった。古くはジョージ・ベスト、ウーベ・ゼラーあたりだ。これにオランダのサッカーがすごいインパクトで登場してくる。ワールドカップが日本で初めて生中継されたのは、西ドイツ大会の決勝ドイツ=オランダ戦のはずだが、開始1分でクライフがドリブルで切り込んでPKをもらったシーンは今でも鮮明に目に焼き付いている。そのうえ私の母方の叔母がオランダに嫁いだので、オランダのサッカー情報は親族ルートで非常に身近になり、オランダ人サッカー選手の魅力に大いに触れるようになった。

 私ベムが一番好きなサッカー選手は、オランダのマルコ・ファン・バステンである。あとは英国のケビン・キーガン、キーパーはデンマークのピーター・シュマイケル。今でこそセリエAやリーガ・エスパニューラの映像が日々目にすることができるが、三菱ダイヤモンドサッカーしかなかった時代は、北ヨーロッパ(英国、ドイツ、オランダ)に偏っていたわけだ。

 ブンデスリーガの放送が多かったこの番組から耳にするドイツ人選手の名前の響きは、実に格好良く聴こえたものだ。フランツ・ベッケンバウワー、ウォルフガング・オベラート、ギュンター・ネッツァー、ライナー・ボンホフ、ベルティ・フォクツ、カール・ハインツ・ルンメニゲ・・・。皆ストイックな感じでいい。で、このストイックというところにも文化背景がある。

 サッカー文化はよくヨーロッパと南米で対比されるが、基本はプロテスタントとカソリックの差で、同じヨーロッパでも精神風土を背景としてサッカー文化にも違いがあった。(マックス・ウェーバーの名著「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」を読むと理解できる。)ところが、オランダサッカーが人種のるつぼになり、プレミアリーグもセリエAもリーガ・エスパニョーラも世界中からいい選手をかき集めてくることで、クラブチームでのサッカーの民族性は希薄になる。しかしこうしたハイブリッド効果はサッカーのレベルを著しく上げた。

ただ、一方で「三菱ダイヤモンドサッカー」で観ていたドイツ人しかいないブンデスリーガもそれはそれで民族性が顕著にでていてたいへん楽しめるものだった。

 昨日、タカヒロ君に誘ってもらって、広告系ブロガー新年会にベムも行ってまいりました。いやあ、すごい熱気で、みんな目がキラキラしていて、ご一緒できてパワーをもらった気がしました。ただ若いということだけでなく、このビジネスが好きでかつ問題意識もしっかり持っている人たちばかりでした。
 広告業界は何かと将来を懸念されることが多いのですが、昨日の皆さんをみていると次世代広告マンが育って、しっかり担っていってくれるだろうと確信しました。
 ベムはこういう人たちと是非仕事をいっしょにしてみたいと感じた新年会でした。タカヒロ君有難う。
 

 昔、「細うで繁盛記」というテレビドラマがあって、高視聴率を稼いでいた。
このドラマは伊豆熱川の温泉旅館が舞台なのだが、富士真奈美さん演ずるいじわる小姑の方言のセリフが評判になった。
 おかげで今だに静岡弁は「ずら」とか「にゃー」とか云うと思われている。

 私の故郷は静岡でも清水(ちびまるこちゃんの舞台)なのだが、
いわゆる駿河(富士川より西、天竜川より東)の言葉と、このドラマの伊豆の言葉は違う。逆に、私の郷里の言葉は、富士川を遡って、山梨や長野県の一部の言葉といっしょだ。静岡県だからといって、伊豆や浜松のものとは違う。

 基本的に言葉は人の交流(行き来)の集約単位で形成される。
その昔、今の静岡県中部の人たちは、富士川を下って木材を運んでくる甲斐や信濃のひとたちとの行き来(のぼりは海産物)が濃くあって、独特の言葉のイントネーションを共有していた。富士川(甲斐では釜無川)が言葉を共有する文化圏のもととなっていた。

 ところが現代では、メディアがこの文化圏を形成する。

伊豆地方には東京のキー局の電波が直接入る。関東キー局の天気予報の地図には静岡県でも伊豆半島だけが入っているのは皆さん気づいていますよね。
  
 これによって、静岡県でも伊豆地方はある意味東京文化圏だ。静岡でもまんなかの清水、静岡(合併しちゃったが)は静岡新聞が80%の駿河文化圏これが浜松にいくと中日新聞をとっているのが半分近い中京文化圏に入ってしまう。

 メディアによって、静岡県は3つの文化圏を構成している。

 そして、これが、インターネットになると、エリアを越えた文化圏(圏とは云わないか)を形成することになる。

 地域を越えた、趣味や嗜好、ビジネス志向を共有する者同士の一定のベクトルをもった集団である。ネット社会が、どういうマインドの共有を促すか興味深い。実ビジネスとして実るケースもどんどんでてくるだろう。
 次世代の広告ビジネスを志向するこのブログを読んでいただいている方々とも、こうしたマインド共有ができていくとうれしい。


 野村一夫氏の「未熟者の天下」という著作のなかに「メディアリテラシーの基本は『メディアが現実を構築する』という認識だ。」という一節がでてくる。

 ここで著者はマスメディアが及ぼす影響力を三つの視点で整理している。
 ひとつは、メディアの議題設定機能。つまり「メディアがそのときのテーマを決めてしまう。」というものだ。確かに多くのメディアが報道することで、たとえその論調が特定の方向性をもっていたとしても、読者、視聴者側はその賛否に対して影響を与えられるのではなく、いずれにしても今議論されるべきはこのテーマだと指定を受けてしまう。我々は自分の意見はメディアの影響ではないと思っているが、結局メディアの指定したテーマについて議論させられているのだ。
 これは確かにそうした影響力を受けている。「あの話はどうなっちゃったのか。」と思うことが多いが、情報提供を止められてしまうと受け手側に発信力がない時代は、そのままになってしまう。
ふたつ目は、「沈黙のらせん」といわれる同調圧力のこと。「我々は自分の意見を発言する前に、それが多数派か少数派かを確かめる。その際参照するのがマスメディアということになる。マスメディアが優先意見として提示しているのと同じ意見をもつ人はより声高に発言し、そうでない人はたとえ別の意見をもったとしても「沈黙」を促す。沈黙された意見は存在しないのと同じで、多数派とおぼしき意見はますます多数派に、そうでない意見はますます少数派になる。よってマスメディアが提示した意見が圧倒的な優勢を占めるかのように現実が構成される。」という。
  三つめは、「培養効果」といわれる。「ドラマやニュースで演出の都合やニュース価値のために現実とは異なる世界が描かれる。そういう情報にきわめて長期間ふれていると、我々の現実認識が歪められる。」というもの。テレビは面白く見せようと、現実の世界から演出上都合のいいところだけを取り出してそれをことさら誇張する(つまり培養する)。ずっとこうした状況におかれると、それが現実の世界だと勘違いしてしまう。これを「培養効果」と呼ぶそうだ。

  さて、これらの三つの現象は、よくよく考えるとマスメディアという一方通行のメディア発信によるものだったと云える。
  CGM(コンシューマ・ジェネレイテッド・メディア)の台頭は、おそらくこれらの現象に少なからず変化をもたらすはずだ。まず、テーマ設定の強制も、ネット側から「あの話はどうなったの?こんな議論より大事だろ。」という意見が発信され、またそれに同調することで、マスメディアをも動かすことが考えられる。
  また、「沈黙のらせん」も、ネット社会では比較的平然と同調しない意見を発信できる。ネット社会の匿名性には議論があるところだが、「沈黙のらせん」を防ぐには、匿名性による発信もある意味では必要なのかもしれない。
  三つめの「培養効果」も、コンシューマとコンシューマの日常の情報が交換されるネット社会では、共感や安心が得られることで、ドラマの世界が異常であることを気付かせることに繋がるかもしれない。
  いずれにしても、マスメディアの影響力とCGMの影響力がお互いを刺激しあうことで、情報環境そのものは大きく進化するはずだ。

  我々の仕事は、マーケティングとコミュニケーションのオーバーラップしたところにある。しかしコミュニケーション側をしっかり把握しておかなければ、マーケティング側がプロの広告主(マーケター)と互角の会話はできない。ネット社会のコミュニケーション文化を体現していることが基本にあって、マスを含めたメディアとコミュニケーションの実態を理解するということが大事になってくる。


 昨年シカゴで開催されたDMA(ダイレクト・マーケティング・アソシエーション)の2007カンファレンスでのキーワードは「コンバージェンス」。
convergenceとは集合とか収束、集中を意味する。ひとつの方向に収斂させる、統合させるという意味で、ダイレクトマーケティングもクロスコミュニケーション志向になってきたようだ。

 つまりダイレクトマーケティングでも多面的なコミュニケーションを統合させていく施策を云っていて、「コンバージェンス・マーケティング」という新しい考え方を提唱している。
 コンバージェンスマーケティングとは、別名ブランドインタラクションマーケティングとも呼ばれていて、ブランディングとダイレクトレスポンスを融合させたマーケティング&アド手法である。

 このコンバージェンス・マーケティングの鬼才として、注目されているのが、リチャード・ローゼン氏で、彼が唱える「Rosen Velocity Scale」という概念はたいへん興味深い。
「Velocity」とは速度を表すのだが、コミュニケーションの速さを軸に、ブランド要素とダイレクト要素を融合させコントロールするというメソッドといえる。

 Velocity Scale の低いのはブランディング要素の高い広告表現で、スケールが高くなるとレスポンス要素が高くなる。この場合、コミュニケーション速度はスケールの高いほど早いとするのだが、コストパーセールスは、短期では効率がいいが、中長期だとスケールが高すぎると効率が落ちるとしている。

 昔から、「あんまり短期のROIばかり追求するとすぐ刈り取り尽くしてしまい効率は落ちるんだ。」ということを私も云ってきた覚えがあるが、これを立証する理論や事例は乏しかった。
 特にネット広告の場合、リスティングやアフィリエイトに代表される、極めて世知辛い手法に偏って、クリックあたりのアクイジションを追求するあまり、ブランド力の醸成を全く忘れている例は枚挙にいとまがない。これに対して少しはブランド訴求型のネット広告をというものの、なかなか受け入れられない状況がずっと続いてきた訳だ。

 ところがアメリカで(ダイレクトマーケティングの本場で)、ダイレクトマーケティングサイドから、ブランディング要素を程度良く取り込まないと、コストパーセールスは中長期で落ちるという理論がでてきたことは、たいへん意味がある。

 アメリカに比べれば、日本のダイレクトマーケティング市場は極めて小さい。よってリスティング広告が、アメリカにおけるネット広告内シェアになることは有り得ない。すでにアメリカでリスティング広告にアタマ打ちになってきて、ディスプレイ広告と改めてネット広告の訴求力をアピールしている方向が、今後日本でもでてくるはずだ。


このところ「日本語をしっかり勉強して正しく使おう」というテーマのテレビ番組(タモリのジャポニカロゴスとか・・・)が結構増えてたいへんいい傾向だと思っていましたが、正月番組では「新年明けましておめでとうございます。」と相変わらずやっています。「新年」は「年があらたまった、明けた」と云っているので、同じ意味を続けるのはいわゆる「馬から落ちて落馬した。」と同じ。間違った使い方です。
 みのもんたなんかは、「世界一受けたい授業」の特別講師役で出てきて日本語の授業などと先生ぶるわりには「新年明けまして」とやっています。
 ただ例年に比べるとずいぶん減ったかなという気がしました。少しはこの種の番組も貢献したかもしれません。
 私も歳のせいか、テレビから聴こえてくる言葉の使い方で気になってしょうがないことが良くあります。まず「おめでとうございました。」と過去形にする例。「有難うございました。」までは話をしめるときは許せるものの、「おめでとう」という祝福の気持ちを、祝福している最中に過去形にするのは何故でしょうか!ウエイトレスに「・・・でよろしかったでしょうか。」とオーダー確認させられるのも、「何故に過去形にする!」と言いたくなります。
 また若い人たちの何かにつけて「・・・の方(ほう)」というのも、昔あった「消防署の方から来ました。」と云って消火器を売りつける詐欺を思い出して気持ち悪いです。「の方」は全然いらないと思います。最近の若年層の言葉にはできるだけ断言を避けようとする感覚があるということを良く聞きますが、曖昧にする意味のない場合にも「・・方」をつけております。
さらに横文字用語を間違って使うといっそう恥ずかしいことになります。「何かをフューチャーする」と云う人がいますが、フューチャー(future)は「未来、将来」のこと、言いたいのはフィーチャー(feature)の方でしょう。いっぺんで教養がないのがバレバレですからこういう間違いはクライアントの前でしないことです。

 横文字用語ということでは年配の人でも、モラルという言葉を、倫理観、道徳観のモラル(moral)と士気、勤労意欲のモラール(morale)を混同している人が多いです。モラルという言葉に倫理観も士気も意味があると勘違いしているようですが。これは全く別の言葉です。(モラールには最後にeがつく)私はモラルとモラールと書いて使い分けています。
 
 広告業は「言葉」が商売の道具だけに、大事に扱わないといけない。自戒をこめて言うと、新しく概念定義しないといけないので横文字用語も随分多用、乱用しがちです(かく云う私が一番の乱用者です。反省しています。)が、それだけに間違った使い方には敏感に反応したい。このブログでは時々「広告マンの言葉学」もテーマにしようと思います。


マスマーケティング企業のブランドコミュニケーションがコアコンシューマの再編、ブランド支持者の醸成に、ネットを活用することの重要性が増している。
 しかしこの作業には、ブランドのオリジナルコンテンツが必要になる。このコンテンツ開発に関して、その担い手になり得る存在を考えると、従来のメディア別に縦割りになっているコンテンツ開発者たちを再編する必要が出てくる。例えば、雑誌の編集者という存在は、特定のサイコグラフィカルなプロフィールをもったターゲットの琴線に触れるコンテンツを開発するプロ中のプロだ。しかし、雑誌というメディアは、これを最も上手に売ってくれていた駅前の小さめの書店がどんどん減っていき、販売チャネルを失ってしまっている。(コンビニにはこうした雑誌を積極的に販売していこうという意志はない。そもそも店の外から良く見えるガラス張りの内側にアダルトものを含んだ雑誌を置いてあるのは、夜間若い男性客に立ち読みしてもらってコンビニ強盗を抑止するためだ。)つくったコンテンツを消費者に売る手段がなくなってきている。雑誌と同じコンテンツをネットに公開したとしても読者から同じ対価を得ることはほぼ不可能だ。かと云ってページビューを稼いで広告スペースを売ろうとしても、ツールとしてのアクセスもコンテンツ閲読のページもいっしょくたにされているネット広告の「PVの量の論理」では、たかが知れている。そうなるとコンテンツは消費者より広告主に売る時代になるだろう。ブランドオリジナルコンテンツへの要請は、メディアごとのコンテンツ開発を再編する方向に力学が働くはずである。別に雑誌編集者が動画を作ってもいいし、ゲームをプロデュースしてもいいのだ。特定のプロフィールを対象とするコンテンツプロデュースの担い手が、記事も番組も映画もゲームもつくる「特定ターゲット、マルチメディアコンテンツ」に向かうことが必要だ。この時、マルチメディアコンテンツ流通ルートがネットであることは間違いない。死語になっていた「マルチメディア」は、ネットによるコンテンツ開発の再編統合において言葉として蘇生する可能性がある。


 オハイオで3位に甘んじたヒラリー・クリントンだったが、ニューハンプシャーでは何とか勝利した。
何だか民主党の大統領候補がそのまま大統領になるような報道のされ方だ。それだけブッシュ政権への失望が大きいのか。
 民主、共和両党の大統領候補を選出する、この党員集会や予備選挙というのも非常に面白い。ニューハンプシャーに至っては、無党派でも共和党支持者でも、民主党の大統領候補予備選挙に参加できるという。なるほど2大政党以外が大きくなれない構造がこういうところにあるようだ。また州によって制度がかなり違うところが日本人には感覚的に理解しづらいところがある。
 しかし、こういう国民的な議論の機会を得て、小学校でもディベートの材料になり、長い選挙期間は国民が政策やリーダーの資質を議論し合うチャンスとなる。その意味ではしっかりした(自らの手で勝ち取った)民主主義が根付いているように思う。

また大統領選挙は高度なPR戦略が駆使されるメディア戦だ。欧米ではPR(パブリックリレーション)は広告(アドバタイジング)よりレベルの高い仕事として認識されていて報酬や社会的評価が高い。そして選挙へのインターネットの影響力は4年ごとに格段に増している。

ところで、長く健全な政権交代のない日本から見るとある意味うらやましい2大政党制はずいぶん昔から確立されている。
 初代ジョージ・ワシントンと2代目ジョン・アダムスはフェデラリストと呼ばれた連邦政府派だが、(Federalist Partyというからこれも政党ではあるのだろう。)3代目トマス・ジェファーソンは民主共和党の党人だ。この後ホイッグ党と民主党の時代が続き、17代アンドリュー・ジョンソンはユニオン党という政党で(労働党みたいな感じかな?)この後はずっと共和党と民主党が政権を分け合っている。
 共和党になってから最初の大統領はエイブラハム・リンカーンである。リンカーン以降は、共和党が17人、民主党が7人だ。現代史においては共和党の方に分がある。

 民主共和両党の対日政策に関しては、クリントン政権時代のジャパンパッシングの経験などから、日本人はどうやら共和党政権の方が親日的であることに気づいた。(ただアメリカはいずれにしても自国の国益を最優先に考えている。その方法論において対日政策の位置づけが違うだけだろうが。)
 また一見民主党の方がハト派の印象をもつ人がいるかもしれないが、太平洋戦争開戦時のフランクリン・ルーズベルト、原爆を落としたトルーマン、ベトナムで北爆を開始したリンドン・ジョンソンなど意外と民主党大統領のほうが戦争に関わってきた。

 とにかく、各党の予備選挙に党員でもない無党派が自在に参加できる州もあることを不勉強な私は今回知った。総選挙をしないでも次々首相が代わる日本から見ると、直接国のリーダーを選ぶことでの政治意識が国民に幅広くあっていいんだろうと思う。

Marketing Charts」というUSのサイトがあります。

マーケティングに関する様々なデータがチャート化されて公開されているだけでなく、いくつかのデータはExcelフォーマットで無料ダウンロードできる、データ好きにはたまらないサイトです。日本にはこのように様々なデータを取りまとめて公開しているようなサイトはなかなかなく、こういった点ひとつ取ってもUSは進んでいるなあとつくづく実感します。

さてその「Marketing Charts」でのデータですが、2007年のUSにおけるオンラインメディア等IT企業へのM&Aの取引高は過去最高の1100億ドル(79%増)に達したようです。
さらに、IT企業の中でも「Database Information Service」、「Education & Profissional Service」、「Consumer Magazine」へのM&A取引高は非常に大きく増加しています。

これが何を示すのか一概には言えませんが、これらのデータを読み解くことによって、2008年の業界動向を予測する上でのヒントになるのかもしれません。

思えば、2007年はGoogleのDoubleClick買収、MicrosoftのaQuantive買収、Yahoo!のRight media買収など、業界を賑わす様々なニュースがありました。2008年は何が起こっていくのか、さらにその先を見据えていくためには、様々な情報に目を光らせておく必要がありそうです。


 想定より早く日本は人口減少社会へと突入した。国内市場に限れば、広告市場も拡大は見込めない。さらにここに来て製品原価のコスト高で、マーケティングコストへの圧力も強くなる。結果、積極的な新商品導入施策よりは、既存商品の需要維持拡大策の方にマーケティングコストの移行が起きるだろう。そうすると、アテンション(注目喚起)を担う広告とペネトレーション(浸透)を担う広告で比較すると、後者のシェアが上がることになる。
 既に獲得してあるブランド資産をベースに、コアコンシューマの再編成、ファン意識の再構築を図ることの方が、こういう時期を乗り切るにはシュアな選択と云える。新商品導入の積極策ももちろんなくなりはしないが、選択と集中でタマを絞ってしっかりローンチするようになる。中途半端な新ブランド導入は少なくなるだろう。
 そして、コアコンシューマの再編、ファン意識醸成に「うってつけ」なのが、ネットを活用したマーケティング活動である。影響力のある消費者をブランドの支持者として確立する発想が、今後のマスマーケティング企業のブランドコミュニケーションにおいて一番重要な視点となる。マーケティングメッセージの送り手と消費者たる受け手という単純な図式で語れる時代は終わっている。

 ネット広告市場が右肩上がりで成長した背景には、毎年新しい広告手法やフォーマットが登場し、一定以上の市場を形成し、積み重なってきたということがある。
 2005年あたりを元年としたネットでの動画広告=インターネットCMも、その最右翼ではあった。ところが、急成長を期待していた業界の思惑とは裏腹に、一向にスパークしない。低迷状態が続いているといった方がいいだろう。

 その原因を探ってみると、まずインターネットTVの視聴量(総視聴時間)があまり伸びていないことがあげられる。ユーザー数は増えているが、一人当たりの視聴時間は落ちていることになる。ネットでの動画というとYouTubeやニコニコ動画、またブログに貼り付けられ、これら動画サイトの配信によるコンテンツ消費が圧倒的になっているのは云うまでもない。
 ネットの動画にはネット文化のオリジナルコンテンツがあり、今のところこれらが主役になっている。テレビメディア用につくられたコンテンツはやはりネットでは主流にならないのだろうか。その答えはまだ出ていないが、いわゆる短尺もの(とりあえずネットオリジナルの動画をこう呼ぶ。)は映像がチープであっても十分楽しめるもの(かえってチープだからいいのかもしれない。)だ。ネットカルチャー向きのトーン&マナーや尺があるのだろう。
そもそもネットにテレビモデル(番組の間にCMチャンス)という形で露出するより、CMそのものをネットコンテンツとして流通させた方が利口なのではないかとも思う。だからこそネットでしか観ることのできないCMをもっと制作すべきなのだと思う。CMという概念から離れて、ブランドのオリジナルコンテンツとしてネットでの発信力とファンづくりが次世代型のブランディング活動のひとつの考え方だ。
 広告主が、従来のCMフォーマットの観念を脱却して、ブランドオリジナルコンテンツの発信として考えるようになると、その有力な到達手段としてのインターネットCMの活用も進むだろう。
 いずれにしても、テレビと同じ素材を流用する意味はあまりない。全く同じ素材を対象にした調査では、テレビによる接触ではイメージのファクターが、ネットでは理性的な購買ポイントがより高く出るという結果がある。違う見方がされているのだから、同じ素材では意味がないのだ。

 一方で、IPマルチキャスト放送が、放送対象地域制限というネットには似つかわしくないエリア制限を受けつつも、著作隣接権の許諾が原則なしで(補償金は支払う)放送可能となる。
 今回改正放送法が通過する見込みとなり、放送局の持ち株会社解禁で再編が起こることは必至である。
大きな方向として、最後の護送船団たるテレビ局業界に放送事業とコンテンツ制作の分離を迫っていく図式がある。広告会社は、テレビ局の現ビジネスモデルの上に乗っかっているのだから、もちろん他人事ではない。そして放送業界が独占していた番組コンテンツ流通に食指を伸ばしてくるのは基本的に巨大通信会社である。NTTには団塊世代が大量に定年退職することで、とてつもないフリーキャッシュフローが発生する。この金はインフラ事業から上流のレイヤーに向かう。いわゆるメディア、コンテンツプロバイダー、広告事業に向かうのである。おそらく電通の時価総額よりはるかに大きな資金がメディア、広告業界を見据えている。


 従来の広告会社のビジネスモデルとその提供サービスが確立するまでには、スペースブローカーからスタートして、スペースを売るための付加サービスの提供を積み上げてきた歴史があります。つまり新聞や雑誌の広告スペースを売るだけから、スペースを売るために広告文(コピー)を書くサービスを加え、民放ラジオやテレビが始まるとCM制作、CM表現を開発するためにマーケティング調査、テレビCMに連動した店頭施策、イベント、トータルキャンペーンとサービス領域を広げていったわけです。いずれにしても、マス広告を中心とする広告スペースを売るために周辺サービスを提供してきたのが、日本の広告会社であります。
 さて、欧米もAE制という完全にクライアントをレップするサービス形態ではあるものの、メディアのコミッションは収益の中核でありました。しかしメディアバイイング機能は、ブランドコミュニケーション開発と当然連携するものの、役割を担う者を機能分社し、大量発注には低いコミッションレート(というかフィー)で受注するようになります。
 欧米のメディアバイイング会社は、プランニングシステムが確立しており、基本的に習得すれば誰でもプランニングできるようになっています。従業員は女性が多く、ブランドエージェンシーに比べ、その人件費は安いのです。つまりメディアプランニングバイイングサービスは付加価値が比較的低いと認識されています。そのかわりコミュニケーション開発つまりアイディアを供給する会社には、相応のフィーが支払われます。そしてその収益構造も変化してきました。いわゆるAbove the Lineの広告領域(クリエイティブ開発、メディア販売) は想定的にシェアを落としており、DAS(Diversified Agency Service)領域のシェアが上がっています。

 極めて近い将来、日本の広告業界が直面する事態とは、まずはマス広告枠を売ることを前提にそのマージンを収益源とするフルサービス提供がしづらくなること。もうひとつは、マス広告の到達量を効果とみるのではなく、エンゲージメントという概念のように、実際にどれだけターゲットの琴線にふれるコミュニケーションができたかを問うようになると、アイディアで創出されたコンテンツしだいで広告的効果は大きく左右されることになるので、優秀なコンテンツ開発ができるプレイヤーの価値が高く評価されるようになります。そして一部の非常に有能な人間(コンテンツ開発者)の収入は格段に高く、比較的誰にでもできるオペレーションサービスとの差が大きくなります。そうなると、これらを同じ会社で、同じ給与体系の中に抱え込むことは難しくなります。従来の機能を1社で無理に囲いこもうとすると、市場で評価される価値より、オペレーションには高く、アイディア創出には安い対価しか払えないので、成り立たなくなるのです。それだけ日本の広告会社は1社単体で何でもやってきたのです。(逆に云うと、周辺サービスを何でも取り込めるほどメディアマージン収入があったということ。)しかし今後は1つのビジネスモデルや一定の顧客層へのサービスをそれぞれに最適化しないと経営できなくなります。
 そして一番重要なことは、マス広告枠出稿への誘導を前提としないコミュニケーション開発のスキル(つまり人材)を育成することが、今の広告会社とは別の育成装置を用意することでしか解決できないということです。欧米には既にインタラクティブエージェンシーという会社(業態であり機能)がこれを担っています。こうした業態があることが従来のトラデルショナルエージェンシーにも次世代対応のいい刺激と機会を与えているのです。
 私は「日本にはインタラクティブエージェンシーが存在しない」と思いますが、これは業態論ではなく、スキル(人材)育成装置がないということなのです。

 現在の総合広告会社は、会社の1スタッフ部門として、インタラクティブを機能させようとしていますが、一番肝心なクライアントとインターフェイスするところ、つまり営業でのインタラクティブスキルを育成することができていません。営業にスキルがなければ、いくらスタッフを強化しても、実際には強化にはなりません。スキルのない営業にまともな仕事を持ってこれるはずもなく、まともな仕事がなければスタッフのスキルも鍛錬されることもありません。当然のことです。営業もスタッフも顧客と一緒になって鍛錬されることで、スキルが磨かれる訳で、営業とスタッフは一体として機能しないことには新しいスキルセットは成立しないのです。
 
 広告業のビジネスモデルの大転換は、「スペース販売の利益を中心に、周辺サービスを行う」というモデルと、それによって培われてきた広告マンスキルが崩壊することです。おそらく今の広告会社経営陣には特に後者が理解できません。成功体験が邪魔をしているためです。次世代の広告マンスキルについて、その人材育成を第一に考える人たちを総合系、ネット系を問わず、今こそ結集すべき時になっています。

例年通り、eMarketerから今年のオンライン広告市場に関する予想が出ているので紹介。

2008年は北京五輪と大統領選挙が行われる年であり、2007年度から29%成長の約3兆円(275億ドル)と予想されている。しかし、昨年、サブプライム問題でかなり米国経済が冷え込み、広告市場全体としては厳しいのではないかとする向きもあるようだ。しかし、マイクロソフトが10億ドル(約1,100億円)規模の広告予算の大半をオンラインへ投入するといわれており、計測可能なメディア(=オンライン)へのシフトは継続すると見られる。

なかでも一番注目を浴びているのは、米国ユーザの44%が利用するソーシャルメディア。今年は1,700億円(15.6億ドル)規模へ伸長すると推測され、MySpaceやFacebookという2強から分散が進む可能性もあるようだ。

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2007年の日本においては、PCではMixi、モバイルではモバゲーの一人勝ちとなったが、今年はどうなるか。目が離せない状況が続くだろう。

http://www.emarketer.com/Article.aspx?id=1005692

http://www.emarketer.com/Article.aspx?id=1005765

2007年は、非常にニコニコ動画が話題になった年でした。

さて、そのニコニコ動画に、時報なるものがあるのをご存知でしょうか?
1日のうち19時、0時、2時に動画がストップし、動画の上の枠で時報が流れるというものです。その時報を使った広告というのも登場してきて話題になっています。

年末年始のニコニコ動画ですが、2007年12月31日23:55頃から2008年1月1日00:02までのわずか数分間休業するというニコニコ動画らしい告知がされていました。ただ様々な話題を振りまくニコニコ動画だけに、何もしないで休業はないだろう、この間いったい何をするんだろうと思っていたところ、見事このような時報が出てきて、「やられた!」と思いました。

休業時間を丸々使った超大作時報です。

ニコニコ動画をあまり知らない人も、これまでのニコニコ動画の歴史がわかる非常にセンスの良い時報となっていますので、ぜひ一度見てみるといいかと思います。

ちなみに、2007年だけでサーバ費用が19億円とのことです。

年末年始休暇に入り、これまで読みたかった本をまとめて読んでいる。なかでも2ちゃんねる管理人ひろゆきの「2ちゃんねるはなぜ潰れないのか?」は面白かった。


2ちゃんねるはなぜ潰れないのか? (扶桑社新書 14)2ちゃんねるはなぜ潰れないのか? (扶桑社新書 14)
西村 博之

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佐々木俊尚氏や小飼弾氏との対談も圧巻であるが、Googleや「はてな」の強みは技術力ではなく、企画力やマーケティングにあるという本質を鋭く描き出しているところに共感を覚えた。もちろん、両社の技術力が低いというわけではないが、ものすごく革新的かというと、私(元?技術者)にはそんな風には感じられないし、一般企業に比べて、実は「オープン」でも無い。

また、私自身があちこちで喋っているのと同様、インターネットの技術は10年前から進化していないという認識も合っている。つい先日、とあるアルファブロガーの方と話をしたときに、「人間の進歩より技術(≒インターネット、IT)の進化のほうがすごくないですか」といわれ、「もちろん、そりゃそうですね」と答えたものの、なんだかしっくりこない感じが残った。ひろゆきが指摘するように、「プログラム(コード)を書いたことが無い人にITの評価が出来るのか」という素朴な疑問だ。

ネットの開発者が経験を積んで、ユーザビリティが向上しているくらいがせいぜいなんだけど。

   

今日からスタートするブログ「業界人間ベム」のベムです。

我々は広告業界でも、ネット広告とマス広告の間にいる存在で、ネット広告側からのアプローチとマス広告側からのアプローチの両方で、新たな広告マンスキル育成を目指しています。私ベムは広告業界26年目でいわゆるベテランの域ではありますが、最初の15年は典型的なマスマーケティング、マス広告をバブル期の業界華やかな時期を過ごし、次の11年をインターネット広告の黎明期から携わってきました。よって双方からのアプローチをそれなりに理解しておるつもりです。

今やネット広告もマス広告も片方だけのスキルでは広告マンとしては次世代を行きぬくことは適わないでしょう。しかしながら、現状ネット専業広告会社と総合広告会社の文化の違いは、なかなか相容れないものがあります。欧米にはコミュニケーション開発をコアコンピタンスとするインタラクティブエージェンシーが存在し、次世代広告マンのスキル育成の中核を成しています。現状こうした業態(=人材育成スキーム)のない日本にもネット、マスの文化をいつまでも分けておくことなく、早期にハイブリッドを生み出して次世代型広告マンスキルを獲得した人材をたくさん輩出したいと考えています。

こうしたスキル育成には実践あるのみですが、まずは次世代広告マンスキルの構造をイメージして、高い意識をもって自己研鑽することも大事です。

インターネット広告の教科書の類を、いくつか書いてきた私としては、ネット広告で鍛えられた方々に、次世代広告マンへの新たなスキル獲得の指南役を買って出たいと思います。またトラディショナルな広告会社におられる方々もネット難民にならないように情報提供ができれば思います。

このブログでは、ネット広告、マス広告双方のサイドから重要な情報や、考え方をお伝えして、次世代の業界人間の種を撒いていきたいと考えます。広告業界に限らず各方面からのご意見を頂戴できれば幸いです。

ベム

3人の業界人間たちのリーダー的存在。
しっかりとした考えの持ち主で、今どきめずらしい、信念と正義をつらぬく頑強で優しい、男の中の男。
真面目すぎるくらい真面目で、おちゃらけたり、ふざけたりは絶対にしない。それは、常に、業界の先端をいき、2人をリードし、業界を守り、常に次世代の広告革命に備えておかなければならないという緊張感からきている。
3人の業界人間で唯一の技術畑。
強気で短気だが、情にもろく、面倒見が良い。
綺麗事は言わず、常に思ったことをストレートに表現する。
地道に生きるべムとは対照的に、要領良くたちまわる手段を主張したりもする。
3人の業界人間の中では、一番若い。
明るい性格でいやみもなく、何にでも興味を示し、新しいメディアや仕組みにも分け隔てなく接する、非常に情報感度が高い性格。
また、楽観的で、落ち込んでも決して後に尾を引かない。
ベムの教えを忠実に守り、新しいトレンドに対して、自らの身を省みず立ち向かう勇気の持ち主。

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